逆さクラゲ

長い文章

【短歌】うくらいな

去年主宰した文芸誌に寄稿した短歌です。前に書いたやつがかなり混じっている。あと短編載せたのはもし気が向いたら手直ししてどうこうするかも。文芸誌今年もできたらよかったけど、ものごとを続けるのにはそれなりのエネルギーがいるし、おれにはそれがあんまりなかった。以下本文

 

 

 

平原に陶笛を吹くわらべあり ウクライナ、うくらいな、ウクライナ


牡蠣をかむわたしがかつて牡蠣だったころふいていたきんのうみかぜ


環礁の博物館跡地に寄せる汀 プレシオサウルスよ征け


たまきはる右前肢第二指中手骨ただそれだけでステゴとわかる


ひさかたの光の道とか二限目を抱いて河原を駆け抜けていた


居明かしてしろくまおとこのまんまるのへそのあたりの毛皮のにおい

 

 

 

ドアがない場所に逃げ込みゼラチンを鍋で溶く 汗にじみでる汗


視神経ちぎる音ばかり70分つめこまれているCDを焼く


防ぎようのない雑音のみがあり斜めの机に置きて読む本


耳をふさげ生れつき骨病みし猫・悲痛を負いしわれら人の子

 

 


夾竹桃の隊列来り ※[工業高校入口(時差式)]を参照


オリオンのほうへと息をはく女、白磁の色のきる歯つぶす歯


母親を鳥にさらわれたこどもだけならんでください 絹の雲梯


貝塚の貝ひとかけをはがしとり靴職人の訃報など聞く


ゴシック体かぎかっこではすくえないたましいがいてしたたるゆうべ


船室のシチューの皿にとけてありさめてゆく声(そこにいますか)

勤勉

‪「たぶん最初は後ろにいたんだと思うけど、今は真上にずっといる。アクアラングってあるじゃん、アクアラングだっけ、よくわかんないけど、今思い浮かべてるのが正しかったら、あれ、でっかいボンベみたいなやつ、2個のやつ、背負ってるような気がする。わかんない。宇宙服とかと混ざってるかも。あいつさ、人に借りたお金ぜんぶわざわざ2000円札で返したりしそうじゃん、銀行で替えてきてさ、別にそういうことがあったわけじゃなくて。想像。なんか悪い人ではないと思うし、基本的には気のいいたちなんだけど、急にわけわかんないことするしさ、面白いと思ってんのかな、ちょっとずれてるし、向いてないよね。あと思い込みが激しいっていうのかな、一つのエピソードをすっごい細かく覚えててさ、それで全部がわかった気になってるっていうか、そういえばポンポンみたいなお店なんか駅の方にあったじゃん、名前。タイ料理?タイ料理とかよくわかんないけど。その辺の料理あんま区別つかない気がする。夜おいしいらしいね、昼高校生とか溜まってるけどね、考えたら2回ぐらい行ってた、高校生の時。なんかシェフが外国の文学部出たとか言って書いてあったんだよね、壁のとこに、ふーんぐらいしか思ってなかったけどさ、今考えたらヤバいよね、それがタイなのかな、いた国が。たぶんそうだわ。納得すごいわ。お昼はいなかったと思うけど。その人。‬あとネギめっちゃもらったじゃん、どうしたらいいんだろあれ。毎年めっちゃもらうじゃん、ずっと農家だと思ってたんだけどさ、先輩の実家。なんか普通に趣味でやってるんだってね、ヤバくない?土地もいっぱいあるのかも知れないけどさ、あの感じなんだからハーブでも育てとけばって話じゃない、シャレシャレなさ、バジルとか、バジルしかわかんないわ、せめてナスとかトマトとかさ、なんでネギって。あスパイスとかいいじゃん、めっちゃカレー作るじゃん、なんかあるたびに。カレーだけ用のアカウントとか持ってんじゃん。ネギとカレーってかなりだよね、ネギカレ先輩、ネギカレ、めっちゃ良いねそれ。ドゥルドゥドゥって、イントネーション、ドゥルドゥドゥ。スパイスって木なの、マジ、じゃあダメじゃん。

そう、だからあんまり上見るとさ、ずっといるから、どうやって上にいるのかわかんないけど、それぐらいだったらあるか、それぐらいやりそうな人だわ。なんか急に手とかこの辺にブラブラなってたりしてさ、かなりヤじゃない、超邪魔、邪魔とかの話じゃないけど、そろそろくるって言ってたからそろそろ、はい、はい、はい、じゃあ」

起立。

1

2

「2019年2月24日、松本市付近で収集。」

礼。

1

2

「証言者ナンバー、ニーロクロクサンハチ。」

着席。

リッキー・デュコーネイ: 産まれぬ神の子(翻訳)

Rikki Ducornet: The Beast (from The Complete Butcher's Tales)

産まれぬ神の子

  ぼくはけものの胃の中に住んでいる。ぼくは彼女を育てながら、そこで眠っている。彼女はぼくに優しい。ふかふかとして、あたたかい。

 彼女がぼくを食べたとき、その目は愛にあふれていて、その牙はやわらかかった。怖いとは思わなかった、彼女が(一粒のオリーブみたいに)ぼくを呑み込んでしまうことを許した。

 「あなたは幸せになるでしょう。」ぬるぬるとぬれた喉を滑りおりているとき、けものが言ったのがきこえた。ぼくは胃の中に落ちると、木の葉とシダと羽毛で出来た巣の中の鳥みたいになって、すぐ仕事にかかった。

 日中、彼女は眠っていて、胃の中は曇っていて静かだ。夜になると、彼女は狩りに出かける(小鳥の肉、そのきらきら輝く卵、そして甲虫のなかまをとりわけ好む)。満腹になると、大きな猫みたいに喉をごろごろ鳴らす。恋の季節になると、セイレーンみたいにきれいな声でうたう。

 彼女のおなかに住んでいることは幸せだ。もう一度だけでもその顔を見ることができたら、この世の何よりも好きになってしまうんだと思う。彼女はぼくの愛するけもの、ぼくは彼女の子供―産まれぬ神の子、寄生体。

リッキー・デュコーネイ: 刺青女の物語(翻訳)

The Complete Buther's Tales 翻訳の第2回 The Tale of Tattooed Woman です。最初と最後のパラグラフの訳がいちばん不自然でウケる。

刺青女の物語

 欠点はわたしの美しさを高めるものなの、びっくり人間がもっと尊敬される時代だったなら、男たちはお金以上のものを払ってでもわたしに会おうとするでしょうね。きっと彼らが持ってるいちばん珍しいものだって持ってくるはず。わたしが望むどんなものでも。そしてわたしが望むのは肉のかけら。

 そのことについて文句は言わないわ。きょうび誰もひげ女に野次を飛ばしに来ようなんて思わない。トカゲ女に恋をしようとも。みすぼらしいテントはがら空き。でもいつかは男たちがわたしを見るためにチケットの列に押し寄せるのよ、砂糖を運ぶ蟻みたいに。たくさんの男たちがわたしに恋しては失恋するわ。彼らは何度も戻ってきては言うの、あなたにぞっこんなんです、あなたはわたしの寝床で生き血をすする美しい吸血鬼です。何人かはわたしに愛を囁きもするでしょう。でもわたしはよく知ってる。彼らが愛するのはわたしの表面だけ、それはとてもよくできた罠。

 何年も前、それがどのようにして始まったかわたしに尋ねたでしょう。あなたはとても我慢強かった、そして、不思議ね、わたしを恐れなかった。わたしはいつかあなたに親愛の情みたいなものを抱いていた。あなたの大胆さは報われたのよ。今からあなたに、わたし自身についての話をしましょう。でも手短にね。世界は危険なことばかりだし、わたしは静かなのが好きだし。

 わたしは双子として産まれた。出産の苦しみで母親は死んだわ。双子のもうひとり、不恰好に膨らんだいきもの、これも死産だった。わたしは産声をあげた、そして7年間叫び続けた。

 落ち着きのない子供だったわ。ガマガエルやらコガネムシやら、手のひらに乗るやいなや引きちぎってバラバラにしてしまったし、蟻が砂にまみれた犬のフンを巣穴に運ぶのを見るのが楽しみだった。全ての存在に憎悪を抱いていたわ。わたしの人形、その蠟引きの顔、繊細な手、つまらない絵本に象牙の動物たち。父親カナリアをくれたことがあったけど、わたしは癇癪をおこしてその頭を嚙みちぎってしまったの。父親は絶望して、わたしを永遠に監禁してしまうところだった。物や生き物であふれたこの世界を守るために。

 しばらくの間、わたしの中に眠っているナイフみたいな憎しみは鞘にしまわれていた。人生は平和だった。庭でバラが育っていた。わたしはミルク粥をよく食べたし、もうドレスを引き裂いて布きれにしてしまうようなこともなかった。わたしはつまらない雑誌の写真を見つめることや、太って馬鹿みたいな顔をしたぶくぶくの人形を世話することに気持ちを集中するように努めた。お昼寝をして、とてもいい子で過ごしていた。あまりにいい子だったから、父親はクリスマスの日にすごいプレゼントをくれた ―信じてよ― 平べったい鼻をしたパグ、とっても素晴らしい血統を持っているのに、息をするのもやっとみたいなあの犬種。わたしはその小さくて不揃いの歯が肉をかじるのを見るのが好きだった。ばかな動物、わたしのことをとても愛していた。ベッドではいつもわたしの足元で眠っていたの。毎晩何時間もその太い首を撫でたわ、生命がそこで脈打っているのがわかった… ある日、わたしは庭師がいたずらをする狐のために仕掛けたわなに、そのパグがかかるように仕向けた。それが血を流しながら死んでいくのを見ていたわ。獣が苦しむその姿は、わたしの心を喜びの洪水で満たしていった。

 しばらくして恐ろしくなったわ、そしてわたしの破壊への欲望はとどまるところを知らないのだという残酷な事実を悟った… お父さんの書斎にあったペンと盗んできたインクで肌の下に一つの印を残したわ、手首にあるその青い刺青は、「二度と殺すな」ということを自分自身に思い出させるためのもの。

 ここにあるわ、森の地面の黒い種みたいなものかもね、この小さい薔薇の刺青の真ん中にある、本当に小さな点。そしてこの花は、たくさんの花々、葉っぱ、紫色をした棘からなる花の腕輪の一部。似たような花輪が足首と首にもあるわ。

 さあ、そろそろ行く時間よ。外では観客がもう我慢できないとばかりに興奮して待ってる。わたしはサテンのケープをもうすぐ床に投げ捨てるわ、野次と一緒に。あなたは言ったわね、こんな花輪は単なるお飾りに過ぎない、その胸の上で闘っている二頭の馬や、盲いた眼がちょうどへそのところに来ている赤いドラゴン、わたしの腿の、いつだったかあなたがいちばん誉めてくれたわね、手負いの鷲とケンタウロスが繰り広げる死闘なんかとは美しさの点で比べ物にならないって。そう、わたし心のの山火事みたいに猛烈な炎、わたしの官能的なはだか、わたしの虎のような野性は、まだ衰えてはいないわ。

リッキー・デュコーネイ: 友情 (翻訳)

 Rikki Ducornetの短編集The Complete Butcher's Tales より、 Friendship の翻訳です。

 デュコーネイは1943年ニューヨーク生まれの女性作家・アーティスト。岸本佐知子編訳『居心地の悪い部屋』に収録されている「分身 (The Double) 」という作品がずっと気になっていて、先日原書を入手してのろのろ読んでいたんですが、国内ではあまり紹介されていないこと、ほとんど2~3ページのショートショートばかりということもあり、英語の勉強も兼ねて時間のあるときにでも何編か訳したいなと思って、これがその1回目です。

 5歳児レベルの英語力しか持ち合わせていないので誤訳まみれだとは思うんですが、お前らは原書を持っていないのでしょせんバレやしない。そもそも日本語がおかしいとかいうのはもうすいませんとしか。

 作者名の表記、確認できた限り「デュコーネイ」と「デュコルネ」の2通りが存在するようで、あとGoogleで作者名を検索すると「リッキ・ダコーネット」なんて出てきたりするんですが(さすがにないだろ)、『居心地』でデュコーネイってなってるのと、YouTubeにラジオのゲストかなんかで呼ばれた時の音声が転がってて、それで「デュコーネイ」っぽく発音されてたのでそうしました。(これの30秒ぐらいのところです https://www.youtube.com/watch?v=rm_auRSwuFg )

 

以下本文…

 

友情

 フィリックスは初め左耳の後ろに瘤ができていることに気づかなかった。時が経ちライ豆ほどの大きさに成長した後でも、それは同じだった。しかし、未熟なすももほどの大きさと硬さを得るに至って彼の妻が発見し、一体全体それはなんなのと尋ねた。

 「知らないな」フィリックスは答えた。瘤を妻が最初に見つけたことに対して激しい自責を感じた。彼女はなんだって最初に見つける、ドアノブが取れていた時だってそう、飼っていた鳥が死んだ時だってそう。ネズミも、彼のジャケットの焦げ跡も、ゴキブリの巣も。

 「あなたにはわかりっこないでしょうね、」彼女は言った。「でも私にはわかる。腫瘍よ。ディッキーがあれで亡くなったでしょ、同じやつよ。私があなたなら医者に診てもらうけどね、それが大きく膨らんであの世に連れて行かれちゃう前に。自分がどれだけだらしないか考えてみなさいよ。どうしてこんなものにも気づかないの?熱気球みたいにバカでかい瘤に。」

 フィリックスは病院に予約を入れた、 医者は留守で、とても忙しくて、再来月までは暇がないとのことだったが…待てるか?

 「待つのよ!」電話を切るなり妻が叫んだ。「本当にバカみたいな腫瘍、冗談じゃない、誰だってそんなに雑に扱いやしないわよ。かわいそうな教皇様が目を覚ますと耳の後ろにピンクの熱気球がくっついていましたなんてことがもしあったら、5分後には手術台の上よ!」「麻酔をかけられて?」彼は思案した。「重症ってことか?」

 

 二ヶ月が経ち、医者はフィリックスの瘤をつつきまわしていた。グレープフルーツ大にまで育っていた。「触らないことですね、」医者は絞り出すように言った。「この保護具を付けてください、私がデザインしたんです。」彼はフィリックスに、明るい白色をして、耳を覆う形の取り外し可能な器具を手渡した。「心配はいりません」彼は付け足した。「痛みが出てこない限りはね。」

 痛くはなかった。フィリックスは自分のすべきことをした。保護具のつけ心地は快適で、彼は自分の隆起した骨のことを忘れるようになった。しかし妻は違った。ある朝、彼女が寝ている自分の瘤に触ろうとしていることに気づいて、フィリックスは目覚めた。「どんな色になってるのか気になって。」とは彼女の言い分だった。

 フィリックスは、これは双方にとって驚くべきことだったのだが、こう言った。「だめだよ。これは俺のだ。」結婚生活で初めて、フィリックスが何かを自分のものと呼んだ瞬間だった。

 

 クリスマスの日、フィリックスは一人で浴室にある洗面台の鏡の前にいた。妻は出て行った、多分いまごろは母親と暮らしているのだろう。彼自身の母親は、ありがたいことに、すでに死んでいた。彼は今にもはち切れんばかりの保護具をゆっくりと外していった。保護具はすでにいらなくなっていたのだという奇妙な確信があった。コブは確かに浮力を獲得し、自立していた。優しく保護具のバックキャッチを解除し、ストラップを耳から外した。

 フィリックスは、鏡の中の瘤に顔が付いているのを見つけた。それはもはや腫瘍ではなかった、みごとな頭、彼自身のものにとてもよく似ていた…最も、幾分若かったが。陽気で、はげていて、気さくな頭。もし道ですれ違ったなら「なんて人当たりの良さそうな顔をした奴なんだろう」と思うような頭。

 頭はフィリックスの顔をほど近くからしばし観察し、フィリックスの幸福そうな顔、少しの驚きが友好的な表情へと変わっていくのを見ていた。

 新しい頭はこれに喜んだ。楽しみと心地よさを、頭はいちどに抱いた。真珠のような歯を見せながら爽やかに笑った。

 「ようこそ!」フィリックスが言った。「どうぞくつろいで。」

 「ありがとう!」頭が言った。「そうするよ。」

 「それは結構。」フィリックス。

 「ああ。」頭。「どこにも問題ないよ。」

 「嬉しいな。」フィリックスは言った。「ずっとひとりだったんだ。奥さんとの生活はとても孤独なものだったから…」

 「知ってる。」

 「どこにも行かないと誓ってくれるかい。」フィリックスは懇願した。

 「おれはどこにも行かないよ。」とだけ、頭は言った。

『ナディア・ブーランジェとの対話』 ブルノー・モンサンジャン 佐藤祐子訳 音楽之友社

 音楽家の師は、自らもまた教授する分野を専門とする高名な作曲家や演奏家であることが多いのだが、たくさんの作曲家・演奏家を育てた20世紀フランスの指揮者/作曲家/演奏家(もっとも作曲はかなり早い時期に断念している)、ナディア・ブーランジェ(Boulanger,Nadia 1887〜1979)はむしろ「音楽教師」として名声をなした大変稀有な存在である。本書は彼女へのインタビューを軸として構成されており、ストラヴィンスキーなどとも交友があった「20世紀音楽の語り部」としての証言に大変な資料的価値があることは言うまでもない。また、弟子であるアメリカの作曲家、アーロン・コープランドをして「存命中で最も偉大な作曲の師」と言わしめたナディアの教育上の特色と教育思想について考察を与える上でも、礎石となる一冊だろう。

 「優れた音楽家であるためには優れた理論家でなければならない」、鍛錬や知識の習得こそが、まずだいいちに音楽家各個人の純粋な直感的情緒の表現を助けると考えていたナディアは、ソルフェージュなどの基礎教育・聴覚教育を重んじた。基礎知識を身につけないままで徒らに「個性」の尊重ばかりを謳うような教授法は、彼女にとっては耐え難いものであったに違いない。ナディアの音楽教育法の根幹をなす思想は、自己表現はしっかりと基礎が確立された音楽語法の上にこそ成り立つ、というものであった。音の読みとり、聴きとり、理解や判断の自在さの身についていないままに自己表現を行ったつもりになっているような音楽家に対して、彼女は「それは真の自由さではなくて、放縦なだけなのです。」と言い放つ。こういった教育上の信条に基づいた教授法として、彼女は生徒たちにバッハの《平均律クラヴィーア曲集》を週に一曲ずつ、各パートを暗記することを要求したという。

 先の段落でも「自己表現」という語を用いたが、彼女は基礎教育をおこなう中で、生徒全てが共通の感覚を身につけることではなく、何よりもまず生徒おのおのの「自己表現」「芸術的意図」を重視した。「私が唯一生徒たちにしてやれることは、自己表現ができるための様々の方法としての知識を与え、その自由自在さを彼ら自身の指でじかに確かめさせることなのです。」彼女は、自分の仕事は音楽の基礎教育を施すことだけであって、生徒たちに表現しようとする意図がないのであれば、何の意味もないと考えていたようである。生徒へ誤謬を指摘する方法についての、「真実を言わねばならぬのは当然ですが、あくまで自信が湧くように、内なる自我を取り除いた無私の立場を取らねばなりません」といった語り口には、生徒の自己表現、好奇心を殺さないように教育することに対していかに彼女が苦心し、真摯に向き合っていたかが伺える。

 生徒各個人の自由さを尊重する一方で、彼女のレッスンの基本スタイルは毎週水曜日の集団授業であった。「集団意識の中でものを考えたりそれを互いに対比し合ったり、人間的、或いは音楽的な他の人々の考えを知ることは大いに重要なことなのです。」

 ナディアの門人にはジャン・フランセ、コープランドエリオット・カーターなどに代表される、新古典主義的な作風を持つ作曲家が多い。しかし、ミュージック・コンクレートの創始者の一人であるピエール・アンリとピエール・シェーファーミニマル・ミュージックの作曲家として知られるフィリップ・グラス、ジャズの作曲家でありアレンジャーでもあるクインシー・ジョーンズ、モダンタンゴの革新者であるアストル・ピアソラなど、様々なジャンルにその弟子を持つこともまた事実である。これは、厳格でありながら個性を重視するナディアの教授法と決して無関係ではないであろう。「それぞれの学生には異なったアプローチが求められるため、それぞれの人を理解するよう努めねばならない」、とナディアは言う。

雑記 7/28

すれ違う人みなが一様に醜く、彼ら彼女らの欠点や不快感が10倍にも20倍にもなって強烈にたちのぼり嗚咽をもたらすにおいとして迫ってくる、にきびが多い、笑顔が汚い、口から牡蠣の燻製のにおいがする、電車の中にいて歯くそをとる(指で)、笑い声がアトランティス大陸の怪鳥のようにうるさい、靴下はいたままサンダル履く、しっぽ切られた猫に夜中こっそり餌をやっているところ見られてきっと睨み返してくるタイプのおばさんだ、包皮に挟まった陰毛みたいに手の施しようがなくはがゆい持続的なストレス、車だってそうで、道が狭い、そんなスピードでおれのパーソナルスペースをサッと侵してゆくな、おれは冒涜されたみたいだ、どうぞっつってんだろじゃねえっつってんだろ、めんどくさいから右折車はおれもう後ろに回って通ることにしてて、それはそれでバックとかされたら何だけど、免許持ってる人からしたらアレなんだろうけど、道交法に対するリテラシーがないのですいません、気遣いは不快な思いをしないためのものです、電車で座ってて妊婦や老婆が目の前に立ってたら気まずいだろさすがに、老人は嫌いです、子供は嫌いです、だから譲りませんって絶叫できたらどんなにか、それによってもたらされるより不快な結末が恐ろしいのだ、座席を譲らないことだけで空気の密度が不当に増すのが恐ろしいのだ、譲ったら譲ったで親切な若者として感謝を強制するようにずうずうしく自分があるのが恐ろしいので降りるようなふりをして隣の車両に移ってしまうのだ、社会的弱者などがかなりやっかいなお邪魔キャラとしてある。おれはずっと自分の部屋にいて、そこで向き合う幻想の一種として、誰も見ぬまま、誰にも見られぬまま、景色が変わったり移動したりしたいのに、長崎とかも行きたいのに、勝手に視界に入ってくる、おれのことを見る多くの人、欠点を強調するように変形させられたキッチュの世界の人々、そのどろりと黄色い不潔な白目をこっちに向けるな、黄色い白目ってどうなんだ、矛盾だろそれは、おれは見世物じゃねえぞ、お前自身が矛盾の化け物なんだよ、世界全部がパーソナルスペースで、靴も脱がずによくずけずけと、たまにチャリの鍵を玄関のドアに挿しちゃうんだけど、その二本で一緒にまとめてるから、部屋がチャリならいいのに、家庭用サイズのハウルみたいな、自動じゃなくていいから、カルシファーもいなくていい、いた方がいいけど、自動の方が楽だけど、魔法使えろおれは、知るかよ、ほっといてくれ、せめて何らかの下心さえあればおれの自閉傾向にもかたがつくのに、つかねえよ、それは生まれつきだから。下心がないのは無欲とは違うのだ。欲望には溢れている、なにもしないで一生寝ていながらたまに遠くに行ったり美味しいものを食べられればいいのにと思う、考えようによっては最悪の貪欲。土台になるような気持ちもない、ふわふわとして不愉快な生活。自分の問題にとってもそれ以外ぜんぶにとっても意味のあるものをまったく生み出せないままで、7月が終わる、10代が終わろうとしている、死刑執行の日は刻一刻と近づいてくる(死刑執行の日はつねに刻一刻と近づいてくるものであってつまりこれは一個の紋切型である)、おれはなにひとつ形にできない、どうせすぐ8月がくる。9月がくる。10月がくる。11月。12月。気づいたら20歳です。絶望的だ。みんなすぐに死ぬ、死をダシにした「感動」からどれだけ目をそらしても逃げられない、感情の実用書どもが、そういうことからだっておれにはわかる、メメントモリってめっちゃいっぱいの人がめっちゃ言うけど、ゲシュタルト崩壊とか、シュレーディンガーの猫とか、そのへんもう時代遅れだろうな、パブロフの犬不気味の谷、スワンプマン、わかんないけど、オタクが好きなやつ、そういう、言ってるだけでかっこいいみたいな、黒着てればかっこいいみたいな、会話よりもずっと多くの時間を書物や端末に捧げてきた者特有の猫背で、メメントモリメメントモリ呪文のように唱えてれば神の国が来たりて救われると思ってるんじゃないだろうな、死、死、死、死を忘れるな。日本語でおk。おkってわざわざフリックで入力してるのほんとアホ臭いよ、おれにはそんなことをしているような暇があるのか、あといまだに「おk」とか言ってる人どれくらいいるだろうね、どこまでも、どこまでも面白くない、会話するには5分と耐えられないような、そんな人なんだろうけれども、そんな人にはコンテンツ性があるから、そんな人は、どこで暮らしてきたらそうなるんだ、マダガスカルかどこかの島国の領土、さらに辺境の島にいて、今なお腰蓑一枚で石器時代の生活守ってる部族みたいな、そういうコンテンツ性です、おれもそんな人なのかな、知らないけど。猫背はひどいです。近くにいて内輪ネタとか中途半端に面白くない人、そっちのほうがよっぽどきついです、おれには。お前だよ。お前。お前たち。嘘です、おれの身の回りにはそうしたひとはひとりもおりません、たいへん面白い友人にかこまれておれは幸せです。おれは働け、もっと真摯に諸々の問題と向き合え、いかなる思想にも揺らぐことのない強固な自己肯定の塔を造りあげろ、わざわざ祝祭的な太陽光線を避けて部屋にこもり、そのための夏じゃなかったのか。10代最後の。

辞める

 中3の頃に悪の組織の人に捕まって、将来のことを考えようとすると途端に思考がぼやけて気を失う手術を施されている。下高井戸のカフェ「からすむぎ」で別に美味しくないコーヒーと俄仕込みの各国料理を出しながら食べログで3.2ぐらいをとって7,8人の固定客と暮らしていきたい、し突然辞めたい。こういうふわふわした将来設計はフィクションの部類に入るらしくぜんぜん気を失わないのでいくらでも考えていられる。院とか就職とかそういうのは本当に良くないです。
 時々発症する強烈な衝動性も相まって「ものごとを辞める時は突然辞めるのがもっともよい」という美的価値観、高度に発達した社会に生きる一個の人間としてあるまじきものを持っているんだが、そういうものじゃないらしい、バイト辞めるときも2週間前通告したことない。デニーズのキッチンは2日で辞めました。なにかそれなりに続けてきたものごとを辞めるというのはまあまあ大きなイベントで、それはわかっていて、だからこそ急に辞めたいっていうか、事前にこれこれこういう事情があってだから辞めますって説明できるような生ぬるいものならば辞めるような必要はないだろうと思うのだ。もうほんとに嫌んなっちゃって、その衝動こそが、それだけが、ものごとを辞めるに価する真の原動力になるのではないだろうか。なりませんかね。受験だからゲームやめるわ、とか、そういったことごとのほうがおれにはよほど意味わからない、大学やめてどっかの農学部とか入りなおしたい気もするんですけど、そういうのほんとよくわからないです、意識が遠のいていく。
 あとこれは完全にお遊びの部類なんですが、めちゃくちゃお金があったらすごい大きな鉄道会社を立ち上げてある程度利用者数が増えたところで急に辞めたい。東京メトロとは言わないけど、東急電鉄ぐらいは欲しいかな。ほんと電車って嫌いなんですよ、電車は好きです。電車にいっぱい人がいるのが嫌です。この毎日毎日移動しなきゃならない感じやめてくれよ、すべての会社と学校いっせいに潰れろ。事前通告とかぜんぜんなしに、ある日突然始発がこない。通勤ができない。通学ができない。大混乱。都市機能の麻痺。これって犯罪になるんでしょうか。まず従業員を言いふくめられない気がするな。おれは止めたつもりでもなんか国とかがいい感じにやって午後には運転再開してる気もする。まことに突然辞めるのは難しい。突然辞めるのが難しい社会は美しくない。

日記 たなばた

 高円寺駅から総武線各駅停車千葉ゆきに乗って座席のよく考えたらそこだけ妙に空いてる区画に座り込んだんだが、ドア脇を見るとビッグダディ式にタオル巻いた坊主頭のお兄さん(推定土方、推定中卒)の足元に彼(推定土方、推定中卒)の胃の内容物が黄河のごとく茫洋と広がっている。どうもこっちの座席の足元までそれが流れてきていて、だから空いてたわけなんだけど、秒で向かい側の座席に移った。朝からそんな、お気に入りの白のジャックパーセルが心なしかペタペタする。
 よく見ると吐瀉物の上にビシャビシャの札束が重ねられていて、それが彼の理性の最後の抵抗らしかった、なんでそんなに哀しいどうだ明るくなったろうをしてしまうんだ。親切なお婆さんがビニール袋を手渡して(ああいうお婆さんってなんでいつもビニール袋を2,3枚は常備してるんだろうか)早く拾え、自分で、という意味のことをまくし立てている。中卒はもうふらふらでドアとかに頭ガンガンぶつけてるんだけど、頑張って札束拾い集めて、中野駅。中野は左側のドアが開くから、電車着いて都会人の反射神経で座席に突進しようと踏み出した足元に吐瀉物、めっちゃ嫌だろうな。有志が駅員さん呼びに行く、戻ってこない。お婆さんもこれ以上は世話を焼きかねて突っ立っている。
東中野、大久保、駅員さんは来ない、お婆さん下車、お前も、と促すも無反応、仕方がないけど私降りるわ、駅員さんにちゃんと言いなさいよ、それができたら周りもこんな苦労しないんだけど、ひとりぼっちの彼の背中、一個の迷惑な人間からただの設置型トラップに格下げになった佇まい。


 と、信濃町あたりで急に第二波が来たらしく、今度は座席の上に。質量のある半固体が流れ落ちる生々しい音、ツンと広がる酸性のにおい。なんかおれ急にもらいゲロしそうになって車両移っちゃったんだけど、コンビニの夜勤してた時は素手で片付けられたのに。カジヒデキみたいな顔したゲロ女も連れの男も手伝うどころか謝罪すらなくって、ゲロ女はともかく連れはお前しらふみたいなもんだからすみませんの一言ぐらい言えっだろうが、ヒデキの心配ばっかしやがって、コンビニ店員って本当に人権ないんだな、店にはひとり、来んなお前らとも言えないからA3の紙に赤文字で「清掃中、ご容赦ください」って書いてドアの両側に貼ってんのに客は容赦なく来るし、品出しも終わらないし、アー、そういうのが蓄積してって限界水位こえてしまったからやめることにしたんだろうけどおれ、思い出すと本当にイライラする、思い出したくない、怒りたくない。


 隣の車両からではわからない、設置型中卒はどこまで運ばれていくだろうか。もしかしたら東中野の独身寮とかに帰るつもりだったのに終点の千葉直前で急にしらふに戻って、年下の駅員からなぜかタメ語まじりの敬語で怒られたり、場合によっては聞こえよがしに「通報…」「罰金…」みたいな会話してるのを見せられたり、昨日までの日払い報酬が茶色いビシャビシャになってるのを見て呆然としたり、中卒独特の地理感覚をもってしてどこだよ千葉ってって孤独な途方に暮れるのかもしれない、北綾瀬駅のトイレの真ん前でやらかしてしまったことと京都駅でキセルがばれて詰められたことがあるのでその虚しさも、感情的にはどうあれ言ってることは正しい駅員を前にしたみじめさも知ってる、でもビッグダディの中卒には虚しさとかみじめさとかそういうのはないのかも知れないしおれにはよくわかりません。

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雑記 6/15

 少年のチンチン眺める以外にすることがないわけでもないんだが、最近は週一ぐらいの頻度で銭湯に通っている。


 先月末に大学の企画で金沢に行った(本当は何かの委員として派遣されたらしいのだが、自分の所属するセクトは仕事がなさすぎて単に国費で金沢旅行した感じだった。主な仕事が「金沢美工大の宣伝ツイートをリツイートする」って嘘だろ)、交通は予算の関係から夜行バスであり、5月といえどもかなり暑い金沢を1日中歩き回った末に汗のドブ煮込みみたいな体臭で乗るのはさすがに嫌だったので出発前に「兼六湯」という銭湯に寄ったのだ(兼六を名乗っていながら兼六園から15分ぐらい歩いた)。アルカリ性の黒いお湯がこの温泉の目玉らしく、しばらく浸かっていると爪の表面が溶けてギシギシしてくる露天のぬる湯に延々浸かっていた。このぬる湯がある銭湯は非常に良い。もしかしたらある程度の回転率が要求される都会の銭湯にはあまり設置されていないのかもしれないが、微熱ぐらいのぬる湯とあつ湯と、交互に浸かっていると無限に居られる。回転率が下がるのも当然である。それから水風呂っていうのはあれはなんなんでしょうか、中世の拷問では。クールダウンとして本質的にぬる湯とは違う。結構な人数のジジイが浸かっているように感じるのだけれど、老化ってそこまで感覚を鈍くしてしまうものなのか。年をとりたくない。この兼六湯は土曜の夜といえど客が少なくてとても良かった。脱衣所の棚に常連さんのシャンプーが所狭しと置いてある、それが許されるぐらいの利用者数なのである。ちなみに夜行バスは空調がうまく機能していなくて空気全体がドブだった、前の方にだいぶぽっちゃりなさっているのにピンクのセットアップのパジャマ着てボンレスハムの妖精みたいになっている女性がおり、ずっととんがりコーン食ってた。なんの意味もなかった。


 デブを眺めているとユーモラスで楽しい。

 日曜日、引越しを終えて向かった新居近くの銭湯、上がって涼んでいると、極度のデブが侍女にバナナの葉で扇がれる南国の王のごとく脱衣所じゅうの扇風機を占有してビチャビチャに濡れた手であだち充のH2を読んでいたのだが、彼がおもむろに立ち上がり、腹を揺らしながら浴場ドアの左に設置されているデジタル体重計に向かった。すぐに首を傾げながらデジタル体重計から降り、なんのつもりだと眺めていると、ドアの右に設置されているボロボロのアナログ体重計にものすごい音を立てながら乗ったのである。上告審。脱衣所の空気がさざめく。しばらくメーターを見つめていたのであるが、結局は再び首を傾げながら体重計から降り、またもや腹を揺らしながら(とにかく腹を揺らす、多少は乳も揺れている)不服そうに扇風機の王座に戻っていった。上告棄却。当然の帰結。だめじゃん。空気のさざめきは津波の前兆にまで達している。
 それから、デブは短小ばかりと言うけれどもあれは一概には断言できないと思う、シャワーで頭を流すデブの股間に垂れ下がる狸のような玉袋を見ればわかる。もっとも世の中のすべてのデブが西郷隆盛みたいに象皮病に罹患してる可能性も捨てきれないが。


 富士山のペンキ画、というのは、ないならないでいいが、ある程度以上のサイズの銭湯には是非ともあって欲しい、これに関して北千住の大黒湯は印象的であった(銭湯ファンの間では「キングオブ銭湯」というクソダサい異名で知られるらしい、歴史ある寺院と見紛うような荘重な外観、是非とも訪問されたし)。教会のキリスト画を無許可でバフンウニにビフォーアフターしてだいぶ有名になった例のおばさんが東海道五十三次を模写した作風、遠近感をまるっきり剥奪されてしまって中心部にデンと居座るチロルチョコのオスみたいな富士山、妙にテラテラと輝く松林の緑が、無機質に高い水色の切妻天井と好対照を成す。左下に2015年11月との署名。いや新しい。悠久の時間を感じさせる漠々たる湖の上に、よく見たらすごいかわいい寸胴の飛行機が飛んでいる。


 ケロリン桶はあんまり好印象にはつながらない、あれは単にノスタルジーを演出するための小道具というか、ケロリンなんか服用してる人みたことない。ちなみに遊べる本屋ことヴィレッジヴァンガードにはときどきケロリンコーナーが設置されている、ケロリン石鹸、ケロリン入浴剤、ケロロ軍曹ケロリン桶とかもあり、マジかよ、そういう所もケロリン桶の小道具的イメージを増長させるのである。1年間だけしか流通しなかったという白のケロリン桶(銭湯ファンの間では有名らしい、流通期間が短かったのは汚れが目立つからだとか、それはそう)使うだけのこだわりがあれば話は別だけど。


 シャワーはレバー式の温度調節できないやつ、ジェットバスの水勢は超強力、などその他にも事細かなこだわりがあるにはあるのだが、全部言うとうるさいしこうしてジジイになっていく。水風呂がなんともなくなる。


 女子が修学旅行の大浴場でまた大きくなったんじゃないのとか言いながら乳揉み合うやつ、の対概念として(人目をはばかって然るべき趣味を持ちながら人目をはばかることを知らないご婦人がたを中心に)しばしば言及される、また大きくなったんじゃないのとか言いながらチンコ揉み合うやつ、等に私はついぞ立ち会ったことがないが(当然である)、ときどき、例えば、痩せて程よく日焼けした筋肉質な少年(中学3年生ぐらいだろうか)の2人組が脱衣所で全裸のまま自分たちの身体をまじまじと比較し、筋肉の出来具合について語り合っている、というような場面に遭遇することはある。ちなみに2人とも半ムケであった。もしかしたらおれには本当にすることがないのかもしれない。

Mi Refugio / Mosalini Teruggi Cuarteto/ Tango de HoY

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 去年の10月に招待券をもらって武蔵境でやるタンゴのコンサートに行った(場所が場所だから交通費で結局普通のオケの学生券ぐらいの値段にはなってしまった)。

 大学の同じ学科を卒業したらしい早川純さんっていうバンドネオン奏者と、ロンドン王立音楽院を出てる久保田さんっていうピアニスト(借家に電子ピアノしかないのにそれで練習してなんかのコンクールで1位とったエピソードが印象的だった)、それに現代音楽作曲家・ダニエル・テルージを父に持つベース奏者のレオナルド・テルージ(19歳からベースをはじめてコンセルヴァトワール出たらしい、ピアノもやたらと上手い)のトリオで、このテルージさんがセットリストのいくつかの編曲を担当しており、これがめちゃくちゃに素晴らしかったのだ。

 タンゴを編曲することになったので不意に思い出したのだけれど、彼らは動画を投稿しておらず、色々探してやっと見つけたのが冒頭の動画である。バンドネオンを弾いてるモサリーニさんはタンゴ界では結構有名な方らしい。

 詳しくないんだが、タンゴというのは(かっこいいのはわかるけど)ちょっと自分には情感的すぎるというか比較的ダサい音楽のような気がしていた。しかし、アルゼンチンの血を持ちながらフランスで生まれ育ったテルージさんの編曲には、そのダサさをひょいと跳び越えてしまうような洒脱さがある。

 掲載した編曲はまだ正統派タンゴな感じがするが、それでも時々ハッとするような和声やリズム感に遭遇する。楽器の扱いも卓越しており、2分30秒地点からのアンサンブルとか4分10秒地点からなんかは聴いていて本当にドキドキする。10月のコンサートではもっと挑戦的・実験的な作編曲も多く(彼は新曲も作る)、いくつかはほとんどタンゴの編成でジャズをやっているような印象のものだった。

 20世紀前半フランスの作曲家をよく聴く。調性の軸がブレて無調・複調や種々の旋法が当たり前に聴かれるようになるのみならず、外部からガムランとかジャズとかが入ってくるこの時代に、彼らがそういった外来の音楽を「こんな感じでしょ?」って(真面目でないのとは違うんだが)さらっと、一種傲慢な姿勢を持って、「優越民族・フランス人」たる自分の技法やセンシビリティの中に取り入れてしまう感じがとても好きだ。テルージさんの音楽にはこういった感性に通ずるものがあり、彼は多分もっと真摯にタンゴに取り組んでいると思うけれど、あまり深刻な表情を見せることはなく、やはり「こんな感じでしょ?」「こんなの面白くない?」といった知的な遊び心が随所に見受けられる。もっと聴きたい。たくさん動画上げてほしい。CD入荷してくれ。

 

追記:原曲です。これがああなるのか。

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脚気とカリフラワー

 一人暮らしはじめてからカリフラワーを一度も口にしていない気がする。

 今日はタコをすごく久しぶりに食べたんだけど、ラム肉とか、ふきとか、舌びらめとか、じゅんさいとか、めかぶとか、こうなんかパッとしない、あってもなくても変わらないような、そういえばそんな名前の奴いたな、いつも窓際の後ろから2番めの席で、机ずっと彫ってて、学年変わる時にバレてめっちゃ怒られて、茶色のマッキー塗ったってごまかせるわけないだろ、その瞬間だけ存在が意識されるような食材が結構ある。
 一人暮らしというのは自分の食事のほとんどに関して自分で責任をとらなくてはならないので、出さればなにも考えずに食べてたようなものとかに関しても、細かい好みというか、積極的に食べるかなこれ、というような感じの傾向が浮き彫りになる。パクチーはたぶん牛肉より食べてる。
 脚気という病気を知っていると思う。膝たたくと足がビョンってなる検査の、自分は世代じゃないから受けたことない、脱脂粉乳とかDDTとかそういうもんかなと思ってる。明治時代の帝国軍が白米6合とか食べさせるから兵士バタバタ死んで、海軍は米食が原因じゃないかってずっと言ってたんだけど、ドイツかぶれの陸軍医、森鴎外とかが細菌原因説を採用して猛反発、兵士もっとバタバタ死んで、外地なんかでは戦死者より脚気で死んだ人の方が多かった、結局玄米が採用されたのが大正入ってから、こういうところがあるから高校のときやった舞姫とかもあんま好きになれなかった、「ニル、アドミラリイ」の気象ってなんなんだ、腹立つな、原因がわかって昭和に入ってからもしばらく脚気で民衆バタバタ死んでたらしく、全員気が狂っている。
 そういうことを考えていると、カリフラワーとめかぶにしか含まれてない希少なミネラルとかぽっかりと抜け落ちているなにかの栄養素があり、そのうち妙な病気にかかって医者にも原因がわからぬまま窓の外のポプラの残りの葉の数をかぞえたりしながらなすすべなく死んでいくのではないか、というか玄米とかも食べないからその脚気にかかりそうな感じさえする、気が気でない。はやく実家に帰りたい。