逆さクラゲ

長い文章

5/18 ばらの花

soundcloud.com

作詞・作曲: 岸田繁

ピアノ・歌・編曲: おれ

雨: 実家

 

ピアノ始めたのも高3だし(同じ学科にそんな奴ほとんどいないと思う)、人前で歌ったこともないし、なんかとにかく恥ずかしいんだけど、そういうシャイなところを少しでも払拭できたらと思って、時々ひとりで弾き語りとかしている   その中でわりといいアレンジ・リハーモナイズができたのがあったので公開しました   それでも恥ずかしいので実家でダラダラしてた時の雨でぼかしをかけています   雨もイコライジングが妙で洗面台っぽくなっちゃった

基本的には自分に言い聞かせるための、変な言葉で言えば音楽療法みたいなものだし、自分にとっては自分がピアノも歌も下手なのは自明で、その上でそれをそういうものとして、そんな感じでいいと思ってるんですけど、Twitterに載せ続けてるのがキモい気がしてきちゃったので   ほとんど誰も読んでないここの方に、一応、あげましたよ、ということを、報告として   SoundCloudの方はほとんどどころか「無」なので   そのまま黙ってると本当に何もしてないのと一緒で   このあたりが丁度いいだろう   YouTubeを使う勇気はまだない

ごちゃごちゃとエクスキューズをつけてばっかりいますが   良かったら聴いてよね、だけでいいんだよね、多分ね

ビルマ字母 バカの語呂合わせ

最近は研究上の必要性(と単なる興味)からビルマ語講座に通ってるんですけど、こないだビルマ字母ビルマ文字の基本になる33文字)を習ったんです   我々は漢字・仮名・アルファベットをすげえちっちゃい頃に覚えちゃうじゃないですか、それから新しい文字を覚えることってついぞなかったので、今更そんなこと言われても   もう頭おじいちゃんになっちゃったし   一生覚えられない気がしたのでバカなりの語呂合わせを作りました   ビルマ語初学者の皆様よかったらご参考にしてください、しないかな

 

ビルマ語の翻字には国際的な基準がないみたいなので、各文字の発音記号は現在教科書として使っている『ニューエクスプレス   ビルマ語』に準拠しました   あと、33文字って言いましたが、古い文字で現在は使われないというဋဍဎဠの4文字は抜いています

 

က ka

おしり逆か〜

後で出てくるおしりのyaの逆なので   しょっぱなからおしりとか出てきちゃった

 

kha

タン吐きカー

さっきのkaよりは強い発音のカーなのでこういう名前を付けました   タンを吐いてる姿というよりは、文字の下部分をタン(舌)に見立ててます   こういう無理矢理のが今後たくさん出てきますがどんどん行くぜ

 

ga

下ー(ガー)

ほんとは「下」に「ガ」なんて読み方ないですけどね、ニュアンスで突破しました   「カ」と「ゲ」の間っぽい発音したら多分「ガ」みたいになるだろ、覚えちゃえばこっちのもんよ

 

ဃ ga

脇乳が〜

文字全体をおっぱいとして、文字の左のチョロってなってる部分を、なんかキツいブラとかして腋の方に溜まってる乳肉に見立てました   こういう見立てが多いところがバカ

 

င  ŋa

Cはンガー!

これはもうアルファベットのCにしか見えないしちょうどいい語呂合わせも思いつかなかったので勢いで頑張りました

 

စ  sa

左ー(サー)

やあまあ、左の方を見てる目っぽいし、これはこんなもんでいいんじゃないですかね

 

ဆ  sha

タン吐かないさ〜

なんくるないさ〜」の感じで言ってください   左のカーがタン吐こうとしてるのを沖縄出身の右の丸いやつが優しく止めてるイメージ(ちなみにshだからといってシャーにはならない、これもサーなんだけど、hは空気を含んだ少し強い音ですよ、というマーカーです)

 

ဇ  za

ムダ毛処理が雑

なんか、ブラウザによったら見にくいのかも知んないですけど、文字の右にムダ毛みたいなの生えてるじゃないですか

「雑」の部分をさまぁ〜ずの大竹っぽく「ざ〜つ!」って読むとより「ザーの語呂合わせだよ」というのがわかりやすいです、「さまぁ〜ずの大竹っぽく」で伝わるならば

 

ဈ  za

左゛ー(ザー)

こう、サになんか付いたらザじゃん、っていう、濁点と下に付いてる逆レみたいなやつってまあ結局は同じようなもんなんじゃねっていう、ていうね

 

ည  ɲa

ニャーは変なやつ

これはもう特にないです、他の文字より変な形をしているので、それで覚えました   いま思えば「巴」とかに少し似てるな

 

ဌ  tha

gs(ガソスタ)

小文字のgとsに似てるターだよっていう、そんでガソリンスタンドのことGSって略すじゃないですか、これもニュアンスで突破してください、ほんと、一回でも覚えちゃえば大丈夫なので、こういうのは

 

ဏ  na

至急(子宮)な〜!

保健体育の教科書に載ってた子宮の図に似てませんか、っていうね、本当は思ってないけどね、「子宮」って語彙もキモいし、オヤジギャグっぽいのも寒いし、最悪

 

တ  ta

金taマ

似てませんか

 

ထ  tha

金thaマ

似てますよね

 

ဒ  da

サンダー

3に似てるダーなので

 

ဓ  da

下を見るんだー!

下を見てるっぽいダーなので

 

န  na

ナーも変なやつ

これも特に思いつかなかった、Sになんか生やしたらそれがナーです

 

ပ  pa

アッパー

アッパー食らって上が空いちゃったよ、みたいなね

 

ဖ  pha

強アッパー

さっきのパーより強い発音のパーだし、なんか付いてるし、より強いアッパーを喰らったんだろうなっていう、そういうやつです

 

ဗ  ba

だれかバー食べたでしょ

これお気に入り

 

ဘ  ba

バーという字は逆Cと逆Cとが支え合って〜

同じく逆Cを使ったターがあるんですけど、それよりは、なんというか、重心が安定してるイメージ

 

မ  ma

ママのおっぱい

こう、全体が片乳で、下の丸いのが乳首です、これもバカ

 

ယ  ya

おしりや〜

似てますね

 

ရ  ya

もやしや〜

似てます

 

လ  la

ラーメンどんぶり

ラーメン丼の模様に見立てました、丸すぎるけど

 

ဝ  wa

輪〜

これはそのまま

 

သ  t̪a

ターという字は逆Cが逆Cにもたれかかって〜

さっきのバーより重心が不安定というか、右の逆Cがなんか無理してる感じがしませんか

 

ဟ  ha

上下開いてるハー!

これも特に何にも思いつかなかったので、各自勢いで突破してください

 

အ  ʔa

あー!3にタン吐いてる!

3とタンの合わせ技(aの手前についてるハテナみたいのは声門閉鎖音の記号で、語頭に母音を発音しようとすると勝手に付く音なので気にしなくていいです、つまり発音は普通の「アー」です)

高田馬場のラペットゥ

 

高田馬場駅早稲田口を出てすぐのところにタックイレブンというビルがあります   竹虫や蛙などを食べられることで有名なノングインレイというミャンマー料理店が一階に入っているので、そちらは知っている方も多いのでは

 

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ノングインレイにて、竹虫のフライとハイビスカス炒め   竹虫はカシューナッツに近い味わいで美味しいです

 

このビルは多くのミャンマー人向けストアを抱えていて、ミャンマー食材のうち多くのものを(少し割高ですが)手に入れることができます インスタント食・茶葉・調味料・スパイス類はもちろんのこと   簡単な作り置き料理を提供しているお店もあります

 

昨年末に研究旅行でミャンマーを訪れたのですが、そこでラペットゥという料理を大変気に入りその味を忘れることができずにいました   本当に毎日食べていた   発酵過程で竹筒に詰めたりするそうで日本の一般家庭では製造が難しく(まあナンプラーとお茶殻とかで似たようなものは作れるみたいなんですが)現地スーパーではパックのものを多く手に入れることができたので、もしかしたらと思い高田馬場を訪れたところとりあえず4ブランドを発見することができました

 

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タックイレブンで入手したミャンマー食材の数々  ラペットゥの他には、茶葉・インスタントのモヒンガー・アメーダーヒン(牛肉のカレーでインドのニハリに近いです)・タマリンドのトフィー・粽に見せかけてココナッツのお菓子・生野菜に付ける魚醤ベースのソース   これらも別記事でまとめるかもしれません

 

ラペットゥという料理は、発酵させて酸っぱくなったお茶の葉とフライドビーンズやフライドガーリックなどを混ぜ合わせたミャンマー国民食です   食堂には必ずと言っていいほど置いてあるのみならず、もてなし料理としても(同じくミャンマーの国民的飲料である)ベトナムコーヒー張りに甘くて濃いミルクティと共に供されることが何度かありました   日本で言う助六寿司と緑茶、よりはもう少しカジュアルな取り合わせですかね、でもノリとしてはそんな感じの、相性がいいとみなされるセットなんだろうと思います

 

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普段本当にご飯の写真を撮らないので滞在時のラペットゥの写真が一枚も残っていなくて愕然とした   代わりにヤンゴンのチャイナタウンで食べたコオロギの素揚げを載せておきます   虫ばっかだな   これも非常に優秀なおつまみでした

 

個別レビューに移ります   価格は各80g程度で200円そこらだったかな   もっと大きいサイズ、250gとかになると450円ぐらいからありました   細かくはメモしてきませんでしたが各ストアで取り扱い商品や価格が違うので要チェック

 

YUZANA

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ラペットゥには一般的に唐辛子が入っているタイプとそうでないタイプの2種類があり、こちらは唐辛子が入ってないタイプのやつです

パッケージの男の子が抱えているのはシャン族の太鼓です、民族のプライドの一つなのかシャンを表すアイコンとして使われることがままある   2mぐらいの高さがあるので横にして演奏する   シャン州が茶葉の名産地らしいので、シャンとお茶というのは結び付けられやすいのでしょうね

 

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少し茶葉の方の量が足りないかな、茶葉の味は中庸です、本当に癖もなく、なんとも   ただ豆類の配合がよろしくなく、全体的にガリガリして味がないというか、ジャイアントコーンが多いミックスナッツの残念感に似てる   なんかわからんけど砂みたいな異物も混入していて   これはちょっと失敗でした

 

(読めない)

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これもシャンの民族衣装ですかね   左上の太鼓は一般的なビルマ族のものにも見えますが、ビルマ族女性の正装ではないし   頭に巻いてるやつはシャンっぽい   もしかしたら全然違う民族かもしれません、ミャンマー力が足りないのでわからん

 

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こちらは辛くないタイプを見つけられなかったので辛いやつです   茶葉の発酵が強めでちゃんと酸っぱく、豆と茶葉の量のバランスも良い  多めに配合されたフライドガーリックとゴマもいい仕事をしています   私は禁酒中なのでアレですが、いいビールのアテになりそう   辛いのが得意なら一番おススメです

 

 

Sein Chel

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最も多くのストアで見かけたものです   辛くないタイプですが、ストアによっては辛いタイプや干しエビが一緒になっているタイプの取り扱いもありました

 

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茶葉の刻みが大きめですね   発酵が弱く、酸味がおとなしい代わりにお茶の香りや渋みが残っています   これはこれで好き   2番目のおススメです

 

WIN

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ハラルフード表示がありますね   ブランド名は勝利ってことじゃなくて、まあウィンさんって一般的な名前なので中村屋ぐらいの意味と思います

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豆しか入ってないのかよ   パッケージに"pickled tea"って書いてあるじゃんよ  どういうことですか   モヒンガーとかにでも入れて食べることにします   仕方ないから

 

終わりです

 

 

 

キモい

キモい⇔キモくない   という軸を設定しよう   人間は誰しもどこかしらキモいようなところを持っていて   好きな人や嫌いな人というのはその軸のどこに線を引くかでしかない   しかもそれは主観的な評価軸で   人は誰しもキモく、それを受け入れた上でどのようなキモさを選択するか、というかあくまでも自分にとっては許せるキモさだというラインの中で生きていくしかない   おれには変な潔癖というかしつこさがあって   完璧にキモくない人間、つまりは存在し得ないものになろうとしている   2/23の〈どうしたらいいですか?〉という記事でも書いたことだが「褒められるのが約束されていること以外はしたくない、最悪褒められなくてもいいから褒められる想像でホクホクしたい」

精神科医春日武彦が《「キモさ」の解剖室》(2014)※ という本の中で「キモさ」という概念の根源を

  • 底知れなさ
  • 無意味さ
  • 生々しさ

という3つのカテゴリに分類している

「キモさ」という感覚はかなり混淆的なもので、そう単純に割り切れるようなものではないようにも思えるが(そのこと自体は春日も認めている)「キモさ」感覚の基盤にある性質の一端を的確に言い当てているようには感じられる  そして、それは「心の中に異常なものや邪悪なものを抱え込んでいても、それは自分で意識しないうちに周囲へ筒抜けになってしまいかねない (春日, p.p.104)」恐怖、「キモさ」が自分にも適用されるかもしれないという恐怖でもある

例えば、クラシック音楽の演奏会を聴きに訪れた際、自分が急に大声を出してこのコンサートホールの空気をぶち壊しにしてしまうのではないか、という恐怖を味わうことがある   言うまでもなくそのような行為は「キモい」=「底知れず(そうした行為へと至る思考の底知れなさ)・無意味で(もたらされる結果の無意味さ)・生々しい(生の人間によって発される声そのものの生理的な不快感)」ものではあるが、同じような場面を想像したことがある人間は少なくないのではないだろうか   映画館とか図書館とか何でもいいけど

「キモさ」が「底知れなさ・無意味さ・生々しさ」によってもたらされるものだとすれば、全ての人間がどこかしらでキモいということにも説明がつく   全ての人間は異なる遺伝子を持って生まれ、異なる環境の元に育つ、という不整合を抱えていて   同じ価値観を持つ人間というのは(その近い遠いという尺度はあるにせよ)絶対に存在しない   価値観が違うということは、ある人のある行為が本人にとっては理屈の通ったものだったとしても、別の人にとっては「底知れず・無意味」なものとして受け取られうる、そしてある人の振る舞いとか立てる音とか見た目とか臭いとか、そういう「生々しい」要素が、本人にとっては気にならないものだとしても、別の人にとっては不快なものになりうるということである

クチャクチャ音を立てながらご飯を食べることは多くの人にとってはキモい行為かも知れないが、本人にとっては、生育環境の中でそれを教えてくれる人がいなかったのかもしれないし、何か身体的な要因でそうしなければ咀嚼ができないのかもしれない、そして誰もがそういう、誰も教えてくれなかったとか、不可避の要素とかに起因する「キモさ」を抱えている可能性がある   つまり、ある人間のあらゆる振る舞いは他人にとってキモいものに映る可能性を常に孕んでいる   再び春日の言葉を借りれば「生きること=キモさを発散すること」

そしてここで先述の潔癖・しつこさ、厄介な性質が邪魔になってくる   「人間は完璧じゃないから面白い〜」なんていう言説は自分にとっては受け入れがたいものであり、精神状態によっては「完璧にできないなら何もするべきではないし、在るべきではない」という極端さにまで至ってしまうことがままある   大多数の人間がおれとは明らかに価値観が異なっていて、それでようやく何とか回る社会はおれにとってはキモすぎる   完璧な保育ロボットかなにかが開発されて、全ての人間が同じ環境の元で育ったとしても、全員がおれのクローンなんてことはなくて、そもそもの遺伝子が違うのだから同じ価値観を持つことはありえない   さらに言えば、おれ自身にとってすらおれは「底知れず・無意味で・生々しい」存在で   後で思い返してみて「あの時のおれキモかったな〜」ってバタバタする時あるだろう   そういう不整合を受け入れるのが多様性を認めることで、生きることでもあるのだろうが   「キモさ」というのは(「キモカワイイ」という言葉があるように)それ自体が魅力になりうるし   差別的な発言は自分にとってはかなり「キモさ」の度合いが強いものなのでそういうことはしないにしても   その危険性はいつでもすぐそばにある   どっちかなんだよな   全部そういうものとして我慢するべきか   一切をやめてしまうべきか 

 

P-MODEL FU-RU-HE-HE-HE - YouTubeyoutu.be

キモカワイイ音楽   偏執的でキモい文章の口直しに

 

いや、死ぬことはある意味では最もキモい    死は我々にとって強烈に「底知れない」ものであり、生の「無意味」さを象徴するような存在でもあり、死体や霊魂は非常に「生々しい」恐怖感を持って我々に迫ってくる、だからこそ怪談というジャンルが成り立つ    我々の「キモさ」を最小に抑えるためには、人類のリソース全てを、全人類の去勢・死の「キモさ」を感じられないぐらいに幸せになれる薬・安楽死機能を備えた介護ロボットの開発、にでも注いで、生殖をせずに一人で、あるいは比較的キモくないと思えるような少人数で暮らしながら滅びていくしかなく   こういう考え方もキモいんだよな   すでに手詰まりに陥ってるんです   我々は   全ての人間、全ての事物、全ての現象、世界そのものはどこかしらでキモく   それを終えること、無ですらキモいんだから   諦めるしかない   無神経になりたい   だが、無神経さは、それはそれでかなり強い「キモさ」を持っている   先のコンサートホールの例も(大声は極端にしても咳とかフライングブラボーとかね)、クチャクチャの例も、そのような行為は、不可避の要因によるものを除けば大半が無神経さに起因するものでしょう   どうしたらいいのか   誰かどこまでがおれにとって許せる「キモさ」なのか教えてほしい   それがおれ自身には全くわからない   許したい  許されたい   

 


イースト・プレスの「よりみちパン!セ」というヤングアダルト向けのシリーズで出ている書籍の一冊で、自分は面白く読みました   ティーンが対象ということで、「解剖室」という題名の割にエッセイ色が強く分析的な内容は後半の一部のみですが   まあ2時間ぐらいで読めるものなのでもし面白くなかったとしても損した感は薄いかなと思います   興味のある方は手にとってみては

短歌まとめ(〜2019/4/30)

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ここからは解説です、読まなくていい

 

一般論として、解説が付いてると醒めちゃうって人もいるみたいですけど、自分は解説があった方が安心します、文庫本とか   過激派が多いから言い出しづらいですけど、だから、まあなんか、特に興味のある人だけ読んでくださいという気持ちを込めてこんな小声のフォントサイズとカラーにしています

あと詩歌において解説が必要な作品はポンコツなんじゃないかっていう説もある、それはそうかもしれないけど、まあそういうのもあっていいんじゃないですかね、自分みたいなアマチュアもアマチュアというレベルでは

これだけの短歌が溜まっている経緯としては、17歳ぐらいの頃に笹井宏之にハマって10首ぐらいの連作を書いたのがきっかけで、それから今まで、夢中になったり飽きたりをくり返しながら細々と詠み続けているうちにこれだけのストックができていました、という単純なものです、まあ4〜5年間の成果にしたらかなり少ないですけどね   ボツにしたから入れてないやつとか改作とかも若干含む

笹井宏之から入ったぐらいなので、技巧的な歌・その人の生それ自体の切迫感が込められている歌・教訓/インストラクションのようなものを含む歌よりも、ただ単によい語感・突飛なイメージの提示・あるいは複数のそれらのぶつかり合いが限られた文字数/定型の中で起きることに面白みを感じるようなところがあり、作る歌の傾向としてもそういうものが多いな、とこれらの作品を見返してみて思います   だから本当に意味のない作品には解説が付いていなかったりもします、ご了承ください

 

 

以下各歌解説

 

傾眠と詩的言語は杳たりて仰光河《やんごんがわ》に垂れ下がる軒 

2018/12   ミャンマーに研究旅行に行った時に作った歌   暑い時と寒い時で全く身体や頭の調子が違うなという話です(解説ってこんな調子でいいのか?)、自分は暑い時はあんまり眠くなくてパキパキ動ける割に妄想癖、もっと言えば創作思考が弱くなるようなところがあります    ヤンゴンが中国語で仰光なのかっこよくないですか


きるざさん 高く叫んで鳳の西へ向かうを射るイスパハン

2018/12   これは kill the sun とイスパハンで踏んでるだけです、イスパハンってなんか赤いフルーツいっぱい使ったマカロンがあって、それと矢に射られて飛び散る血のイメージが重なった、イスパハンって響きもなんか世界史に出てくる軍隊とかっぽいし   おおとりはもしかしたらルビあった方がよかったかもしれないですね


煙に巻く 砂埃・赤い唾・犬・犬の死体 と同じ高さで  

2018/12   これもミャンマーの歌   ヤンゴンダウンタウンでタバコ吸ってた時に見えた景色まんまです

 

七彩の光を見たというものがいて、それはそれとして微笑を

2018/12   同じくミャンマー、あっちの仏像って七色のキラキラしたLEDとかで飾り付けられてるものが多くて、確かに日本人的な感覚からすると妙ではあるんですが、仏教が生きた文化としてそこにあるからこその現代的な技術を仏像装飾に取り入れてしまおうというアイデアが出るのかもしれないな、マンダレー郊外なんかでは路上にいくつもの(日本でいう石材店ぐらいの頻度で)仏像店がありました


不規則に金色の塔が生えている 古い作用の形跡を抱き

2018/12   マンダレーでパゴダが畑の中に急に生えてたりしてビビることがありました、日本でも田舎の方だと畑に祠とか鳥居とかお墓とかあったりするし、そういうノリなんでしょうね

 

こおろぎにバグ技で埋めた文字列を私的なえりかとさとるとします

2018/12   説明するのが難しいな、いや、しなきゃいいんだけど   えりかとさとるというのは「えりかとさとるの夢冒険」というゲームソフトのことで、コードに開発スタッフへ向けた呪詛みたいな隠しメッセージが埋め込まれてるんですよ、チャイナタウンでこおろぎの素揚げ食べながらめっちゃ酔っ払って知り合いに呪いみたいなLINE送っちゃって、いいや、なんかこんな感じの解説でわかりますか


唐突に夏に帰ってまた戻る気の絶対奪格の身勝手

2018/12   これは特に意味ないです、絶対奪格っていうのはラテン語の文法用語で、英語で言うと分詞構文みたいなものです、あとは語感と雰囲気だけ


その触る端から崩れてく古い古い冊子が脳です、どうぞ

2018/12→2019/04   解説いらなそうですね、しません

 
針金と針金の間にマニ車 されがまぱだにさ 意味なんかないさ
2018/11   サレガマパダニサというのはインド音楽におけるドレミファソラシドのような階名、マニ車チベットなのでその辺は噛み合ってないですね、基本は語感だけの歌
      
      
夾竹桃の隊列来り[※工業高校入口(時差式)を参照]

2017/07   地方都市の道路を走っていると夾竹桃の街路樹ってありますよね、なんか妙にまっすぐ生え揃っていて質感も硬く軍隊みたいに見える、[工業高校…]は信号の表記です   これ、破調の歌として作ったんですけど、(時差式)を発音しないものとしないと流石に字余りすぎますよね、土屋文明の驢来り騾来り馬来りみたいなことはある程度定型に沿ってるからできるんであって、破調で文字数も合ってないと本当に何でも無くなってしまう   「夾竹桃の/隊列来たり」で取れば(時差式)を読んでもギリ行けないかな、無理か


いつ壊れてもおかしくはないものがいつも自分の番で壊れる  

時期不明   これも解説いらない


窓がない場所に逃げ込みゼラチンを鍋で溶く 汗にじみでる汗

時期不明   解説なし


視神経ちぎる音ばかり七十分つめこまれているCDを焼く

2014/?   解説なし


耳をふさげ生れつき骨病みし猫・耳介結節を持たぬ我々

2016/?→2019/04   「生れつき骨病みし猫」というのはスコティッシュフォールドのことです   スコ耳


防ぎようのない雑音のみがあり斜めの机に置いて読む本

2017/?   前の歌との繋がりものなんですけど   図書館、たまに机が斜めのところありませんか、新聞とか読みやすいようになんだろうけど    4月から工事してる杉並中央図書館がそうで、なんかそこ行ったら工事の音がうるさくてあんま中身入ってこなかったっていう文句の歌です   種明かししちゃうとつまらなくなるものの典型
    
たまきはる右前肢第二指中手骨ただそれだけでステゴとわかる

2017/7   古生物学者って指一本の骨からどうやって種類を同定するんだろうなという疑問がある、DNAとかが残ってるわけじゃないでしょうしね   「たまきはる」は「内」「命」「幾世」などにかかる枕詞なのでおかしいっちゃおかしいんですけど、だったら化石もいけるっしょ、命だし幾世だし、って、ニュアンスで突破しました


環礁の博物館跡地に寄せる汀 プレシオサウルスよ征け

2014/?  解説なし


五十万年の暁、孤島なる灯台守はパンを焼きおり

2014/?   当時は灯台守という職業に憧れていました    現代にはそういう職業がないということを知って絶望したものですが、そういう仕事で暮らしていけたらいいのにという根本のところはあんまり変わってません、墓地警備とか


牡蠣をかむわたしがかつて牡蠣だったころふいていたきんのうみかぜ

2014/?   当時の解説に「海を全部濃縮して食べたら牡蠣みたいな味がすると思うんですよね」というようなことが書いてあります


児は走りプールサイドに並びゆく足跡 ふたつ、みつ、よつ、いつつ 

2014/08   記憶にある限り始めて詠んだ歌です   こないだ歌詞つくった時に使った


愚かものの横顔越しのその青のソーダの泡のような脆さを

2019/01   ゆるい母音縛り(オオアオ)で作った歌です


ひさかたの光の道とか二限目を持って河原を駆け抜けていた

2014/?   枕詞を正しく使っている   「ひさかたの」という響きは擦弦楽器みたいで好き、これは高校にあんまりちゃんと通えなくてどうしたらいいかわかんなくなっちゃって河原とか走ってた時の歌です


オリオンのほうへと息を吐く女、白磁の色のきる歯つぶす歯

2014/?   解説なし


居明かしてしろくまおとこのまんまるのへそのあたりの毛皮のにおい

2017/07   解説なし


母親を鳥にさらわれたこどもだけ整列しましょう、絹の雲梯 

2014/?→2017/07→2019/04   2017年版では「整列しましょう」が「ならんでください」だった、そっちの方がよかったかもな、こないだ修正したばっかだけど戻すかもしれない


貝塚の貝ひとかけをはがしとり受け取る靴職人の訃報 

時期不明、何度か改訂してるはず    解説なし


ゴシック体かぎかっこではすくえないたましいがいてしたたるゆうべ

時期不明    解説なし


船室のシチューの皿にとけてありさめてゆく声(そこにいますか)

2014/?   マリーセレスト号伝説に題材をとった歌です、あとは各句の頭にサ行やタ行を置いて、囁き声というか、今で言うASMRのような効果を狙っていたと思います
   
巨きくて柔らかな塊に圧し潰されてより聾《つんぼ》の右耳

2019/01   解説なし、これを含む以下3首は連作


柔らかな流れに瞑る目 聴こえない耳に垂れ落つ油の流れ 

2019/01    解説なし


琥珀色の油を垂らす女神像 バダウの花を散らすスコール  

2019/01→2019/04   解説なし


(ここにあなたの知っている最大の主語をひとつだけ入れてください) 

2018/?   解説なし


過剰さは美しさであり産医師は異国に向こう 何となくギャグ

2018/12   円周率の語呂合わせってわかりますか、「産後厄なく」と「何となくギャグ」で踏んでます   過剰さは美しさである、という価値観を自分は持っていないが何となく共感できるところはあって(ヤンキーの「〜〈車高低い、カバン薄いとか〉ほどカッコいい」文化などはそうですね)でもそれは何となくギャグっぽいようなところもあって    だから「産医師は異国に向こう」の部分が韻を使って「何となくギャグ」を呼び出すための枕詞、みたいな構造の歌です


平原に陶笛を吹く童あり ウクライナ、うくらいな、ウクライナ

時期不明    2017年の連作で表題作としたものですが、その前には詠んでたと思う   ウクライナという国名の響きがオカリナっぽいねというところから連想した歌のはずです


 

 

 

どうしたらいいですか?(どうだ明るくなったろう)

もちろんお金に興味がないわけじゃないんだけど、自分の特定の行為に対価を支払ってもらうということへの強烈な恐怖があって、音楽なりそれ以外の趣味なり、それでフリーランスの世界に飛び込んでいこうというほどの、根拠のあるなしに関わらない自信・人脈づくりへの積極性・誰かが関心を持つようなことへの進取の気質・セルフボースト力、などがあったとして、いやまあそれがないことはほぼはっきりしているけれども、ものを作るというのはおれはそれを自分に言い聞かせる・自分の現在の質を固定することで自分を落ち着かせるためにできる数少ない行為の一つなのに、そこに外的な動機がつき始めたら、本当に自分を落ち着かせるためにできることってなに一つなくなっちゃうんじゃないかっていう、そういう恐怖


自己肯定感が極端に低いことが災いして、日常生活に必要な行為のレベルにおいては、誰かに認められる/否定されないということでしか充足を得ることができない、そして、認められたい/否定されたくない、という強迫観念が大きくなりすぎて脳がおかしくなってきてしまった


だから創作系で会社員になろうと思った、圧倒的成長‼︎みたいな考え方はものすごく苦手だけどさ、関心のある分野についての体系的知識を得られないようなことで時間を消費してそれを換金するのは耐えられる気がしない、そのようなやっかいな知的好奇心を持って生まれてしまった、創作をしながら、あるいは鈍重なスピードであれ知識を得ながらお金を得ることができれば、それは固定されるべき自分の精神の質を向上させることに繋げられるから、耐えられそうな、もっと言うと楽しそうな気がした、でも創作系の会社員はどうも現状の実績・資格・道具ではうまく行かなそうなことがわかってきた、悲しいことだ、おれにはとにかく必要な持ち物がない、持ち物を得るためにはやっぱりある種の(これでやっていこうという)自信やセルフボーストなどが必要で、それができないから困ってるのにさ、あと、勉強を始めるのが遅かったせいで単にテクノロジカルな部分での技術が皆無と言っていい、なんなんですかね、人はそれを甘えと呼びます、ガハハ


自分の周りを見渡してみるだけでも優れた芸術家が溢れているのに、優れた芸術家であるというだけで得られるような働き口は少なすぎるということを感じる、いやまあアカデミックな流れに乗ってしまうか、単に優れたどころではないほどの活動実績とセンスの両方があるか、セルフボースト力がずば抜けていれば、それは別ですけどね、特に音楽は門扉の広さがデザイン系と違いすぎる、切ねえ

 

今日の授業でやってたんだけど、サルデーニャ島のラウネッダスという楽器は農民などを兼業するようないわゆるセミプロによって継承されてきたようです、文化継承というのはある意味そういう状態が健全なのかもしれない、保護政策とかが取られるようになったら、なんというか尊厳を失うんですよ、それは、保護されなかったからなくなっちゃった文化というのはたくさんあるけど、それで自然なことではないですか、胃瘻を繋がれて朦朧とした苦しみの中で5年も10年も生きるより安楽死の方がよっぽどいいと思う、よりよい延命の方法を考える必要はもちろんあるけどさ、それは現状では充分に整っていない、不老不死というのは不可能だし、新しいものも産まれる

youtu.be

 

全員が無職でも生活の心配をする必要がなくなるのが一番いいですけどね、労働が一つの趣味になるのが、でもそれには奴隷階級が必要だし、ロボットとかでうまくいかないのかな、21世紀も5分の1が過ぎようとしているのにシンギュラリティなんかいつまで経っても来ない、むしろどんどん貧しくなって終わるような終末論がはびこっている、そうは思いたくないが、そもそも、前も書いたなこれは、特定の行為の対価として得られる報酬がなければ生活を継続できない、というか継続の申請を出せない、ぐらいのレベルのものだけど、それ本当は絶対おかしいからな、人間性というものがこの世にあるとすれば、それは全く人間的なことではないと思います、というのはニートの思想か?


それで最近は、塾講師とか図書館司書とか、そういうある程度の知的好奇心を満たしながら金銭を得られる働き口を見つけて、ものを作ることは細々とやっていくのが良いかもしれないな、と思い始めた、塾講師は大卒見込みなのと、幸いにもある程度いい高校を出てるので(あまり好きでも楽しくもない環境でしたが)それ自体で取ってくれるところはどっかしらあるだろうし、図書館司書も大卒者なら最短1年から取れる通信講座もあるみたい、こちらは書類があえて煩雑に作ってあるようでそこの心配はあります、ということを調べていました、 まあなんでもいいんですよ、フワフワ生きてたらそれでなんとかなっちゃうことも全然あると思うし、よっぽどのことがなければ人は家を失ったりしません、家を失うのですら、それ自体は人間性そのものを失うことではない、ただしさまざまな苦しみはある、それは避けられない


あとは、今年は卒論での必要性からビルマ語を勉強することにしていて、なんかミャンマービルマ語初級、どころかほとんど出来なくても問題なさそうな日本語教師インターンの求人があるみたいなので、卒業後1年ほどそういうのを挟むのもいいかも知れないなと思っている、月給4万らしいですけどね、超ブラックな職場環境ではあると思う、でもなんか楽しい国だし、寮があればあっちの物価では充分暮らせそうだ、ビールとかも毎日ではないにせよ飲めると思う、まあ海外生活は医者との相談ですかね、保険適用外の民になるはずなので、月給4万で薬を買うのは恐らく厳しい、西洋医学の発展度も違うと思うのでいまいち心配、その辺の制度ぜんぜん調べてない、断薬して生きていけるのかわかんない、暑くて日が長い国だからなんかどうにかなりそうな全く根拠のない楽観もありますけどね、なんにせよ実業のことを考えるのは、それはある種の諦めではあるが、自分に優しく語りかけることを忘れないためにそうしなければならないことでもあったと思う

 

チャールズ・アイヴズは兼業作曲家でした、生前はほとんど顧みられることもなく、まあ不思議な曲を書く人だけど、《四分音の3つの小品》の第二楽章とかすごく好きです、どうしてほとんど聴いたことないはずの四分音の響きをこんなに適切にコントロールできるんだろうか、という輝きを持った瞬間がいくつもある、ああいう、なんかな、アイヴズが自分であの作品をどう思っていたかは知らないけど、自分にとってなんかいいな、と思える瞬間、固定されたそれを持っているのは、大変に尊いことなんだろうと思う、輝きを持った瞬間、というのは昔は自分の一つのテーマだったな、いつか忘れてしまったけどそれを思い出してきた、ラッタウット・ラープチャルーンサップは『観光』からのち特に目立った短編集を出していない(大変に美しいのでぜひ読んでください)らしいが、「徴兵の日」や表題作「観光」のような話がいくつか書けたらそれで満足っていうのもわからなくない、光を観ること、創作をしない(と思っている)人でもみんなそういうのを持っていると思う、得意料理のオリジナルなレシピとか、なんとなくうまく噛み合ったなってLINEの流れとかさ、そういうことでもいいんじゃないかなと思う、全然

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研究者はね、いまいち向いてない気がします、思い込みがやや激しい・つまり少ない記述でなんとなくこういうことかって早合点してしまう癖がある(語学の読解とかでは役立つ時もあるけど良し悪しだな)のと、思考や発話が鈍重なので、収集した一次資料をもとに客観的な記述を作り上げてみたり、それを自分の言葉で、学会での質疑に耐えられるほどパキパキと説明している姿が全く思い浮かばない、賢くないと言っちゃえばそれまでだけど、まあそういうことです


延命として院に行くのもありな気がするけど(日暮里に延命院というお寺があるな)それは、研究者になるつもりでもないのになんとなく不誠実かな、という気もしないではない、大学全入時代を超えて、大学院もとりあえず行っとけみたいになって来てますが、学生そんなにやるのか〜っていう負い目もあるしね、長く学生をやることには何の問題もないと思う、ただし自分自身があんまり文化的資産のない家系に産まれてしまって、特に父親は大学院がどういうものなのか理解できてない(し、説明してもわからない)と思うのね、だから、お金を出してくれている父親とかにもそれは申し訳ないかな、って、変なことを思うところもないではない、これも先の記事に書いたことで、学部が終わりかけのタイミングでやっと勉強が楽しくなってきたんですよ、だからなのかな、考えてもなかった院が選択肢に入りはじめた、なんか、まあどっかで1浪したとでも思えばそんなにか 

 

もこうがこの間のゆびをふる対戦の動画で「ジラーチの映画を見返したらすごく良かった、あんまり生き急がなくても大丈夫って思える」みたいに言ってたから、とりあえずジラーチの映画借りてこようかな、小学生の時に観たけどほとんど忘れちゃった、あのデカい触手のグラードンジラーチの映画でしたよね、それはなんか覚えてる、あと「小さきもの」はすごく良い歌です、絶対に泣いちゃうから今あんまり聴かない、小さきもの、それは私、私です、まぎれなく

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まだ作品選考が1社だけ残っている、大変に難しい会社ではあるけれど、万が一のことがあればそれはうれしいな、最も好きな会社だし、DTMの音源は全く持ってないけど、課題全部、これまでに出した会社のそれの内では一番いい曲が書けたと思います、書法の方を見てくれたらいいな、まあ何にせよ結果が出てから考えるのがいいです、それから決めよう、今までずっとそうやってやってきたし、そうするのが自分にとっては自然です

シャツのボタン絶対にぜんぶ留める宣言

シャツのボタンを絶対にぜんぶ留めます  これは宣言です  あの  第1ボタンは開けとけみたいになってるの  全然意味わかんない  その状態さあ  まず形状として美しくなくない?  自分でやってて気持ち悪くない?  ルール上は何個開けようと問題ないことは知っています  その上で言っている

やあまあそうするようになってるタイプのシャツもあって  開襟シャツはもちろん  ある種の女性用ブラウスとか  スナップボタンのシャンブレーシャツとかね  それをそうして着てるのにはなにも言いません  そこにまで突っ込みを入れ始めたらそれはただの無差別殺人なので  ボタンダウンシャツも開いてていいと思う  閉めるのもいいと思う  本当にどっちでもいい  レギュレーションとしてはノーネクタイの場合なら開けるのが正着手なんだっけ  でもおれは閉めます

問題はそれ以外のシャツの第1ボタン開け  ほんと  なんか  美しくないと言ったな  美しくないとしか言いようがないんですが  それは  首元苦しいだけの人じゃん  Tシャツ着とけや  っていうかさ  これは感覚のもんだけど  あれだけボタンの数があって1個だけ開けておくという行為になんとなくの違和感を覚えないのですか  と言いたい  いやどうだろう  その  足したら10の倍数になるナンバープレートを見かけると気持ちいい  みたいなこだわりの強さは変質者のそれかもしれないから  それはどうでもいいや

2個以上のボタンを開けてる人はね  あれはあれで許せる  許せるなんて偉そうなこというもんじゃないけど  そこに自分の審美眼を持ち込んだ形跡を感じ取れるので  いいと思います  自分ではやらないけどね  似合わないから  第1ボタンだけ開けは  もう  ほんと  それは  ただの思考停止  フランチェン  パニパニパニック  おれはこのことに関しては極右なので開襟が推奨されるタイプのシャツも買いません  それは美しさの問題というより自分の思想的立場を明らかにしておくために  ただしアロハやそれに類するものは着ます  好きだから  それは許してください  すみません  もし気分を害した人や第1ボタンを留めないという行為に対して正当な主張がある人がいたら連絡をください  レイピア持って闘技場に集合しましょう  以上で宣言を終わります お疲れ様でした

雑記 大学5年目のお勉強

本当にどうかしちゃったんだと思うんだけれど、大学にちゃんと行くようになって、毎日6〜7時に起きて23時には寝ています、土日は少し夜更かしをしてしまいましたが  朝には果実や粥を食べ、軽く掃除、洗濯や洗い物なんかもしちゃったりして、酒も飲まず、タバコも5本ぐらいで、吸わなくはないんだって言わないでね、遅い授業のない日なんかは明るいうちに帰って積んであった卒論の本とか少しずつめくったりしています、身体だけ社会人になったのかもしれない、あるいはおじいちゃんか  精神は17歳で失踪騒動を起こした時から停滞したままなのに

失踪騒動の話をしておくか、色んなところで笑い話みたいに言ってるけど、両親にもちゃんとは話してないし  その日は高校の授業があって雪が降ってたんです  で、財布と携帯とかだけ持って、昼休みに常磐線に乗って、上野に行きました  上野で何をしたのかはあんまり覚えてないけど、カプセルホテルに泊まって次の日に鈍行で京都へ、京都駅を思い出したら急に悲しくなったからやっぱり別の機会に

 


コミュニケーションもひとときよりはちゃんと取れてるんだと思う、人と話すことがすごく減って、発話ってどういう感覚か正直よくわかんなくなってたんだけど  一緒に天一に行った友達が  会話した印象は変わってないよ、大丈夫  って言ってくれたからきっと大丈夫なんだと思う、たまにしんどくなって意味もなく長い話をしたりするけど  今みたいにね  おかしいな、サッちゃん

 


授業を学部1年の頃よりまじめに聞いてる気がする、5年目になってやっと気付いたんだけど講義って楽しいんですね、エクストラステージに突入してようやく積極的に学習しようという気概が出てきた、親(とこないだ亡くなった祖父)の貯金からお金が出てること今までぜんぜん考えてなかった、今週は一般教養の授業にもとりあえず色々と出てみることにしていて、例えば水曜は美学とポップ論の授業を取っています

 


一般教養の方の美学の授業、早いうちに取っといたら良かったんだよな  そんなに賢くないので、少なくとも哲学の古典文献をそれだけで、補助輪なしで理解できるほどは  だからキーワードを噛み砕いて説明してくれるのはすごく助かります  入学当初は美学も勉強しようかなというつもりがあったんだけど、やってるうちにラグビー部のマッチョとかに混じってジム通いしてるようなみじめさを感じてきてやめちゃった   分野そのものや参加した授業が初学者に優しくなかったというより、おれが勉強する順番を間違えたと思う  腕立てもしたことないのにベンチプレスから始めたらそれは挫折するだろう

その授業ではカントによる快の三分類について話していました  まず快というのは、先生によれば、自ら感じるとができるもののうちで続けたいと願うもの・あるいはより強く感じたいと願うものって言ってたかな  わかりやすい  それで快の三分類、これが難しい  レジュメに引用されていたカントの言葉を掲載すると

 


①善い(gut)もの:  理性を通じて、単なる概念を通じて満足させる[=快]もののこと

②快適な(angenehem)もの:  知覚において諸感覚を満足させる[=快]もの

③趣味(Geschmack):  1つの対象または1つの表象法を、いかなる関心(Interese)もなしに、満足または不満足[=快・不快]を通じて、判断する能力


は?って思う  でも要するに、①というのは、(感覚ではなく)何をすべきかを・善悪を判定する力でもって人心を満たすもの、なすべきことをなしたという快ですかね  ②はまあそんなに説明いらないか、噛み砕こうとするとより難解になりそう、「快適」と「快」で同じ漢字を使ってるのはややこしいけど区別してね  ③は、関心っていう訳語が混乱を招きかねない気もするけどIntereseなので、英語のinterestと同じことならこの場合は自分にかかわる利害ですよね、それとは関係がないものについて快を抱く能力、ということでしょう、趣味が良い悪いの用法に近い

美について考える場合は、このうち②快適さと③趣味の区別が重要で、その差は関心(利害・下心)の有無ということになります  これについても非常に良い例えがあって  本物のりんごと、それと全く同じ形をした3Dプリントのりんごがあるとしましょう、それで本物の方が食べたい、とか、そういうことを考える場合に、それが実存に対する関心になるわけ、それを食べて空腹が満たされるというのが快適さ  そして、どちらのりんごにせよ柄とか色味みたいなもの、それ自体に美しさを、もっと見ていたいという快を感じる機能が趣味

 

シメとして、またレジュメにあった記述を引用しておきます、これは先生の文章


快適は感覚の満足だから、それをもたらす対象は単なる手段。∴代替可能。しかも快適は、快を感じる私に還元される。それに対し、人は美しいものを個別に賛美する。快を感じるのは私でも、あくまでも、ものが美しい


ここまで全部が他人の話です、こういうわかりやすい説明ができる人になりたい

 


ポップ論ではポップ/ポピュラーの二項対立構造をやっていました  まあこれは、この授業ではこういうことにしますという用法、解釈らしいです  ポップというのはマイノリティのもの、子供っぽいもの、ネアカ(バカ)なもの/ポピュラーというのはマジョリティのもの、大人っぽいもの、ネクラ(マジメ)なもの


ポピュラー音楽史とかで言われるのが  ドイツ由来の概念としてE-/U-Musik(深刻/娯楽音楽)、教会音楽とかのまじめな音楽とそれに対する世俗の音楽というのがあり、ポピュラー音楽は世俗の音楽、つまりサブカルチャー的な性質をそれ自体で持っているという、それでポップというのはあくまでポピュラーの1ジャンル(合ってますか?)という話をよく聞く気がします  だから上記はちょっと一般的な語義とは外れていると思う

でも先に取り上げたポップ/ポピュラーの話もなんとなくわかりますよね、授業で言っていたのは、黒人がなんかわけわかんない音楽やってるぞ、っていう状態や、それを白人のティーンが真似すること、それはポップ  でもそれがジャズとして洗練されてインテリジェントな・複雑なものになると、それはもうポピュラー

話はそこから70年代日本の写実的でオシャレな広告ビジュアルと80年代のヘタウマ、あるいはサディスティックスYMOの差みたいなところに繋がって、この時代にポピュラーからポップへの回帰、大人の幼児化みたいな現象が起きたんだということでした

 


二極化というのは便利で、二極を設定したらあとは大抵どうにか説明できるが、それが実際に存在する事物のレベルではことごとくグラデーションだというのを忘れない方がいい  生活にはステートメントが要らないし、○と×のどっちかの床が落ちるとかでもないし  カント流の厳格さを採用する理由がない  二つの極をカテゴリと誤認して物事をそのどっちかに分類しようとするとおかしくなる場合が多い  でも二つの極はあってさ、なんかしらには、だいたいのやつには   実と虚だよ、実業と虚業といいますか、関心と趣味といいますか、大人と子供といいますか  とにかくそういう言葉で表せるものごとのバランスがおれは絶望的に悪い  この間で自分にとって居心地のよいところを見つけることができればもう少しどうにかなったんじゃないかとも思う  行きたい土地は決まっていてそこに到着するための最良の手段を選択するのか/または手段それ自体の良し悪しを判断したり結果的に到着した土地の特性を鑑賞するのか、という、それは完全にどちらか片方だけに振れているようなものでもなくて、でもどちらにせよ生活することではあるから  そういえば月曜は建築史の授業があります、パルテノン神殿の柱はエンタシスという構造になっています  基部から天井に向かって、ゆるく膨らみを持たせながら少しずつ細くなっているあの形です  錯視の関係で下から見上げるとあたかもきれいな円柱のように見える  それ自体は読んだことあるな〜と思って聞いてたけど、先生がそれを「視覚との闘い」と言っていたのがすごく良かったです    認知と闘うこと    なにか、あたかも整合性があるようなことをしたい時に、観測される結果を予測して少しズレを持たせておくこと  あるいは観測した対象が何か極端に整ったものに(二項対立の話でいうと、どちらかの極の典例のように)感じ取られてしまうような時に、実際の事物はそれ以外の性質も含んでいることを忘れないこと

実も虚も取りたくない場合にはじゃあどうすればいいのか、それはわかりません  パルテノンのように石になって二十数世紀が過ぎるのを待ちましょう    待ってます

ガチホコを防いだ!

フェスがあったのでスプラトゥーン2をひさびさに起動した、そのままガチマッチの時間まで続けて、ガチホコでめちゃくちゃ負けた、ウデマエメーターがパリンパリンと割れていきました、泣いちゃうぜ、もちろん感覚がなまってたというのはあるとしても、ガチホコってこんな悲しいルールでしたっけ、野良の味方は手札みたいなものでそれを使って自分がどう勝つかってことなんだろうけど、連携やホコ管理がままならないことが多く、ずっと「頼むぜ〜」って言ってた、でもそれは味方も同じことを言ってたと思う、っていうかはやく上手になってXに行きたい、2から勢だし、そんな頻繁に起動できるわけでもないし、そもそもアクションゲームのプレイングセンスが微妙なので厳しい

ブキセレもまだ触ってなかったんだよ、バレリミすごい楽しいですね、ハイドラ無印のサブスペで苦しみながらしようとしていたことの殆どを嘘みたいな取り回しの良さで行える、配色かわいいしね、人速の靴ギアがクレイジーアローズなのでよく似合う、ABXYの曲も好きなので持ちブキ入りは確定

ファミザップも銅モデもハマったし、なぜかスクイクのエイムがいい日だったのでフェスではスクイクγを持ったりもしていました、メインサブスペどれかは当たるだろ、数撃ちゃ当たるんだよオラって感じで面白かった、ガチマに持っていく勇気はまだない

 

 

それでさ、「ガチホコを防いだ!」というメッセージ、あるじゃん、なんとなく変に思うんだよね、あの武器自体の名称と、あれを持ってタッチダウンすることが両方「ガチホコ」なの?的な

「防ぐ」という動詞は、動詞+「〜こと」についたりもするし、名詞につく場合は「〜する」をとれる名詞、つまりは動名詞や動詞的名詞(能動/受動に関わらず)との相性がいい感覚、ないですか、混乱を防ぐ・出血を防ぐ・攻撃を防ぐ…

 

違う場合もあるな、例えば、病気を防ぐ・洪水を防ぐ、でもこっちはこっちで、その単語自体に「〜になる」「〜が発生する」(とりわけ悪いものについて、ない状態からある状態になる)という含意があるじゃないですか、多分に動作的だと思います、「ガチホコ」それ自体は動名詞・動作的性質を持つ名詞ではないですよね

 

まで考えて、weblioを見ました

 

① 外部から侵入しようとするのを、くいとめる。 「敵の猛攻を-・ぐ」 「外敵の侵入を-・ぐ」
② 風雨や寒さなどが内に入らないようにする。 「冷たい北風を-・ぐ」 「西日を-・ぐ」
③ 悪いことが起ころうとするのを、あらかじめ手段を講じてくいとめる。防止する。 「病害虫の発生を-・ぐ」 「事故を未然に-・ぐ」
④ 対抗して戦う。 「 - ・く者あらば討取れ/平治上」

三省堂 大辞林

 

このうち②では直接的に動作の意味合いを含まない名詞が用いられている、だが要するに、組み合わせで「(〜が内に入ること)を防ぐ」という含意が発生する種類の名詞があり、それが省略されているわけですね、そして、おれが思いつかなかっただけで、不自然なセンテンスではない(当然か)、先の記述は語義的解釈なのでそこを混同してはいけないけど、文法的にも、直接的に動作の意味合いを含まない名詞をとることができる場合がある、ということがわかりました、これを「ガチホコを防いだ!」にむりやり当てはめてみると、①の語義に②の用法で「ガチホコ(が侵入すること)を防いだ」ということか、ちょっと無理筋かもしれないな

というのは、あの、②における用法に登場する対象、風雨・寒さ・日光にしろ「防ぐ」主体にそのまま当たるものじゃないですか、対象が何かの内に入らないようにする、ということよりも、「防ぐ」主体に当たらないようにする、という解釈の方が自然な気はしませんか、つまり「防ぐ」という動詞は

動名詞や動詞的名詞

・「〜になる」「〜が発生する」などの、ない状態からある状態に変化することを指す動詞をとれる名詞

・「〜が当たる※」をとれる名詞

のいずれかとのカップリングが自然ということになりますかね

※「〜が当たる」だけでたくさん意味があるけど(「〜に当たる」も含めるとものすごい数になりそう)、この場合は人や物がある事物と接触/衝突することのみを指すこととします、「予報を防ぐ」「宝くじを防ぐ」はおかしいでしょ、ただ「罰(バチ)を防ぐ」なんかはギリいけるかもしれない、概念的だが降りかかるようなものではあるので、そして「〜に接触/衝突する」はどちらを用いたとしても不正確というか狭すぎる気がしたので「〜が当たる」を用いました

 

「銃弾を防ぐ」って言い方がありますよね、この表現には違和感を覚えないと思います、先の語義の①〜④のどれでもない気がするけど強いて言えば①かな、そして用法は「〜が当たる」のものです、だから動作の意味合いを含まない名詞だけど「防ぐ」をとれるんですね、ガチホコそのものはインクリングに当たらないですよね、ホコショは当たるけど、やっぱり「ガチホコを防いだ!」ってちょっと妙なんですよね、それこそ「ガチホコ」の語義の第二項に「第一項を持ってゴールに登ること」というものがあるとすれば、これは動名詞になるので適切

 

こういう表現になった経緯として、おそらく「ガチホコの進軍を防いだ!」とかでは子供も遊ぶゲームには難解で冗長でしょうね、「ノックアウトを防いだ!」だとそれは全ルールそうじゃん、ガチホコ自体を倒すわけではないので「ガチホコを倒した!」は不適切だし、「ホコ持ちを倒した!」もないな、ホコ持ちという呼び方は恐らくアンオフィシャルだろう、と考えていくと「ガチホコを防いだ!」は比較的スマートな表記ですね、いや待てよ、「ガチホコを止めた!」でよくないか、普通に

 

ちなみに戦前の文章の引用を見ると「防ぐ」はもう少し広い使い方ができたようで、そっちに照らし合わせて考えると「ガチホコを防いだ!」もあまり不自然ではない

https://dictionary.goo.ne.jp/jn/192925/example/m0u/

雑記と最近の買って良かった食べ物(常備系)

 

CHIN-SU チンスーチリソース

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 ちょっと前にホーチミンとダナンに行きました、その際に色んな食堂で見かけたチリソース 日本では中野・大久保のドンキとアメ横地下街で存在を確認しています、500円ぐらい

 ベンタイン市場付近の人気店で現地のおばさんと相席になって、親切にもフォーの食べ方を教えてもらうということがあった 味噌と醤油の間みたいな味がする黒いソース(トゥオンデン)とチンスーをドバドバ入れて食べるのが彼女流であり、彼女が言うには"Vietnamese way"らしい 汁麺にチリソースって日本人的な感覚からするとちょっとびっくりだったんだけど案外いけます、要するに唐辛子とにんにくと甘味と塩味なので

 ちなみにホーチミンにはお喋り好きな人が多いみたいで、自身の英語力に関わらずバンバン話しかけてくる あるいは英語のできる人で、おれのリスニングの方に問題があっても、根気よく何度も説明してくれる

 そして彼らはフォーのみならずバインミーにもバインセオにも屋台でよく売ってる薄いお好み焼きみたいなやつにもチンスーチリソースをたくさんかけていました 違うチリソースももちろんあったけど ハノイの人もチンスー大好きというブログを見かけたので、多分ベトナム全土で人気なんじゃないでしょうか

 

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外務省サイト掲載のベトナム地図 ダナンは中部

 

 一般的なチリソースですが、例えばシラチャーみたいに酸っぱくなく、スーパーとかで売ってる瓶のやつみたいにベタベタした甘味でもなく、辛味は少し強めだけどかけすぎると痛いようなものでもなく、ニンニクの香りがわりあい立っていて、何よりボトルの形が使いやすいので、食味・取り回しともに優等生 ボトルの形って重要で シラチャーは量を調節しやすいけど、蓋がスクリューだからベトベトになるじゃないですか(「シラチャー 蓋」で検索するとベトベトになってる状態の画像もあります) スーパーの瓶のやつはシンプルに不便で、ドバって出ちゃう時あるし チンスーのボトルは要するにケチャップと同じシステムなので、非常に衛生的で取り回しが良い なんだかシラチャーをめちゃくちゃディスってしまったようだけどあっちも好きです スーパーのやつは、はい、

 

 どうしてか日本輸出用の原材料ラベルに「ニンニク」の表示が見当たりませんが、ボトルにニンニク(&爆発中の唐辛子)が描いてあるので、おれの舌が存在しないニンニクの味を感じ取っているということは無いです さすがに

 結構いろんな料理に合います、それは全部その味になっちゃうからということでもあるな、チリソースのジャンキーさが好きな人ならよっぽどのもの(寿司とか)以外は大体突破できるでしょう おれはそのクチです なんならカリフォルニアロールとかにかけてアジア料理がよくわかってない欧米人気分を味わうのも悪くないのでは、知りませんが

 インスタント麺や春雨スープに入れてもよく馴染むので、自炊しない人にもおすすめと思います 特に金ちゃんラーメンとの相性がなかなか良いような 金ちゃんラーメンは西日本を中心に展開しているので東京ではあんまり見ないけど、これもドンキに売ってるはず

 

↓かなり関係ない話だから飛ばしていいやつです

 日本でよく食べられるようなあっさりした透明なフォーは本場であるハノイのスタイルということらしいが、やさしすぎる気がして特別好きというわけじゃないです ホーチミンで食べたフォーは味変調味料やハーブ・赤青両種の唐辛子・ライム・生野菜などが付け合わせで大量に出てきたりして(体験した印象では)自分で強いデッキを組んでね、という料理でした フォーに限らず麺類全般そう バナナの花なんていうなかなか食べる機会のない野菜もしばしば付け合わせに含まれていて面白いです ベースのスープ自体、見た目は中華で言う清湯に近いものではあるんだけど、おそらく清湯というより「白湯ではない」というだけの性質のものなんだと思う、味付けとしては少しふくよかな感じもする、中音域って言うか、糖分とか油脂感かな 大衆食堂で出てくるものは動物的な臭みの残ったものが多くて、全体的にフォーといってイメージされる料理よりはもう少しワイルドでした

 いやわかんないな、よく知らないことについて少ない体験や資料でそれっぽく言っちゃう癖がある、ベトナム通の人とかに聞いたらまったく違うのかもしれない、味覚にも自信ないし そもそもハノイのフォーは食べてないので、日本で食べられるそこそこ評判の良いやつがハノイスタイルに近いという記述上の知識を前提として考えた上で「ホーチミンで食べたフォーは」と話し始めてみただけです ハノイホーチミンスタイルというものがあるとして、類型化も本来は十数店舗周らないとできないものだろう だからこれは単なる個人的日記です あとフォーよりブンボーフエのが好きです という免責を付けておきます、ガハハ

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Pho24ってチェーンのフォー・ボー・タイ(フォー・牛・生) 物価を考えるとロイホぐらいのプチ高級店と思う、観光客も多かった 明朗会計でおいしいので4回も行った 値切りとか一生できるようにならないと思うのでフィックストプライスが大好きです    「味は良くも悪くも外国人向けかな」的レビューをいくつか見かけたが スープがとてもよくできてると思うし、ハーブはともかくライムとか唐辛子はお願いしたら追加で持ってきてくれるから それこそ自分である程度強いデッキを組める あと店舗が衛生的なので半生肉を食べるのにあんまり心配がない おれはハマりました

 

 

新疆特産若羌紅棗(乾燥なつめ)

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 これもアメ横地下街に売ってました、300円で250gです きっと他所の中華食材店でも置いてるんじゃないかな、なんか見たことある気がする

 乾燥なつめにハマって色々なものを試していて、今のところこれが一番粒ぞろいで虫食いも少なく甘いのが多い気がします、値段とのバランスも良い 乾燥なつめ美味しいですよ、これは強めに乾燥したタイプで酸っぱくないです あの特有の空気 袋を開けた瞬間の、甘いのと共に木造家屋だったり古本屋みたいなものを含んだ(おいしくなさそうな例えだな)空気が大丈夫だったら大抵は気に入ると思う タバコ吸う人ならバージニア葉の匂いに近いって言えばわかりますかね 烏龍茶とかにめっちゃ合う そのまま食べるだけじゃなくて鍋とかお粥に入ってることもある

 民間療法の考えでは強壮作用があり精神の不調にもいいらしい、栄養的な面でいうと各種ミネラルや食物繊維が豊富なのと、オレイン酸アミドという睡眠関連物質を含んでいるとのことです、それは気のせいぐらいの量なんでしょうけど

 

 棗の質は商品によっていろいろあるので気をつけてください、ひどいのだとやけに苦いのが混じってたり実の中に虫の糞みたいなのが詰まってたり虫癭があったり 初めて買う商品ではいちおう一粒一粒割ってから食べるのを勧めます 人を遠ざけるようなことを言ってしまった、若羌紅棗ではそういうのに当たったことないです

 

 おれは間食をものすごくする人で、ちょっと前までビスケットとか粒のチョコとかを常備していたのを最近はこれやバナナに変えました 種があるフルーツ、なつめやぶどうなど、こう、食べてる時の作業感と言うのかな、種を取る動作に一種の習慣性があって無限に食べてしまう 殻をむくというのもそう、殻付きピーナッツってもう足りてるのにやめどきわからないなみたいなことありますよね、カニ食べる時もなんか黙っちゃうし 本能的な部分に感じ取られる快さだろうか

 

 

乾燥カレーリーフ

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 またもやアメ横地下街、50g250円 南インド料理に広く使われるハーブです、南インド料理なんか自宅であんまり作らないので自分はお茶にして飲んでいます 3袋ストックしてある

 香味の飛びやすい葉っぱらしく、フレッシュのものとは明らかに別物なのでお茶にするのがちょうどいいんだと思います カレーリーフって名前から想像するのはそれこそカレー屋さんみたいな匂いだろうけど、全然そんなことないお茶向きの葉っぱです、少なくとも乾燥のものは

 渋みは弱くて、全くもって説明しづらい(不快ではない)香りと、ミカン科らしい爽快感、蓮の葉茶のような丸みがあります、それからお米が炊けた時に似た匂いがほんの少しする 夏の芝刈り風な青臭さも遠くにいるので苦手に感じる人は少なからず存在すると思うけど、おれはそれも含めて嫌いじゃないです あと胃がすごく落ち着く 食欲が湧かない時とか、寝起きや緊張で吐き気がする時とか、良いです

 

 ※ちなみに生のカレーリーフは大久保で買えたと思う、フレッシュハーブを手に入れたいと思ったら大久保って偉い人が言ってた タイハーブをたまに買いに行く 基本的なものはアメ横でも買えるけど、バイトゥーイとかパクチーファランとかは都内なら大久保にしかないんじゃないか、これも知らんけど

 

KITANO

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 300g300円ぐらいかな 水海道駅前(茨城県南西部、みつかいどうと読みます)のブラジル人向けスーパーで見つけました 都内で買えるのかはわからない キタノ以外にも似たような調味料は売っていたので、そのどれかはどっかにあるでしょう

 "Tempero Completo"(完全調味料?)って書いてある 塩に色々なハーブが入っているマジックソルトみたいなシーズニングで 原材料には塩と添加物の他、玉葱、ニンニク、コリアンダー、パセリ、長ネギ、ローレル、カミン(って書いてあったけど多分クミンのことだよな)とあります "SEM PIMENTA"は「唐辛子抜き」、唐辛子入りのやつも売ってます この形式の調味料はブラジルではポピュラーなものらしく、フェイジョンから肉料理から野菜料理から何にでも入れるみたいです (https://www.mate-tee.de/Sweets-Specialities/Sal-Tempero-Completo-KITANO-300g::1316.html?language=en)

 おれは大体いつも胡椒を足して使うからマジックソルトだけ持ってればいいんじゃないかって気もするんだけど、胡椒いらない、とか、代わりにオールスパイス入れよう、とか、そういう代替手段がとれるし 玉葱が一番に来ていることからもわかるようにネギ属を中心に構成されているので、ベースになりやすい=マジックソルトより汎用性が高い まあどちらも良し悪しか 良し悪しだけど選択肢が多いのは良いことです

 もちろん肉だけじゃなく魚の処理にも使える あとあの、日式ポトフっていうか、ソーセージと適当な野菜を煮た謎の家庭的洋風汁物あるじゃないですか、あれもかなりいけました ピラフとかもおいしいんじゃないかな ただしハーブがそんなに強いわけではなくて 塩の割合が高いので香りづけと思って使うと鬼しょっぱくなります、気をつけてください

 

 キタノが誰なのかはよくわかりませんでした、日系人の多いブラジルなので、おそらくヨシダソースみたいなことではなくて、生まれも育ちもあちらの方なのではないでしょうか 一応キタノ公式サイトのabout usっぽいところを貼っておきます、全く読めないが「60年の歴史を持つキタノ、私たちは調味料づくりに情熱を注いでいます!」といったことしか書いてない気がする

www.kitano.com.br

 

 ※水海道地域にはどうも南米出身者(南米から帰ってきた日系人を含む)がたくさん住んでいるみたいで、コンビニ跡テナントにブラジル系キリスト教会が入っていたりして面白いです 写真撮ってくればよかったな これを買ったスーパーにはフードコートが併設されていて、見た目は日本人の方がカウンターをやっていたんですが 日本語が母語という感じの話し方ではなく、帰ってきた日系n世の方のようでした そういう方もいるんだなあって、そういう方もいるんだなあでは小学生だな、でもそんなことを思いました、そこではチキンのパステウを食べました、モリモリ具沢山で美味しかったです

 

 

番外編 完全に失敗したやつ

LE DIABLOTIN: HOT SAUCE WITH LEMON

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 同じブラジルスーパーに置いてあったタバスコ系ホットソース(レモン味)

 ブラジルではなくポルトガルのやつらしいです ディアブロタンというのはポルトガル語ですらなく小悪魔(インプ)のフランス語名だそう、inが指小辞なんですかね、イタリア語のinoと同じか tはdiabloの語末が母音だから入ったやつじゃないかな、あの人たちa-t-ilみたいなことするじゃん そんなことはどうでもよくて ビジュアルめちゃくちゃかわいいですよね それに惹かれて買っちゃったんだけど あの、レモンの香りが完全にお菓子とかの香料の、というかC.C.レモンの感じなんです 一体何にかけたらいいんだ 三ツ矢サイダーに混ぜてC.C.レモンホットチリ味でも発売したらいいのか もし欲しい人いたらあげます

 

 

良かったやつの方に戻ります

 

業務スーパーピータン

 

これは全部食べちゃったから各自で検索してください

 

 4個入りで300円強だった、シンプルに安くてうまい 臭みの強くないタイプなのでピータンとか食べた時ないぜ~という方にもおすすめできます たまに表面に薄氷みたいな模様が出てる個体がいるのは、どうやらアミノ酸の結晶らしく これが入ったピータンは松花蛋と言って高級品だそうです、Wikipediaで言ってた ピータン大好きなんですよね、お粥に乗せて食べてる こういう柔らかいピータンの黄身はお粥とかに混ざるとヘドロっぽくなっちゃって正直あんま見た目良くないんですけど 味の方はウニか?ってぐらいコクがあって最高です

 

ハナマサのでかい練乳

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 1000g800円ぐらいかな、使いかけですみません 練乳をめちゃくちゃ使うんです 後でベトナムコーヒーの話をしますが、そういうのもよく飲むし、ミルクティーやチャイなどを作るたびに牛乳が要るのも面倒なので練乳で代用しちゃうことも多いし、なんかね、フルーツとかパンとか、とにかく色々なものにかける

 最初は森永の120gのやつ買ってたんですけど、あれ200円強するじゃないですか まあ200円としても、森永のが100円で60gハナマサのが100円で125gとすると 倍違うんですよ すごくないですか 見つけた時は感動した、セカンドオピニオンあったんだって、練乳代がタバコ代ぐらい家計を圧迫していたので 嘘だけど 個人で1000g買っても期限内消費余裕、という練乳狂いがおれの他にどれだけいるのかわかりませんが 日本にあと30人ぐらいはいるだろう同志に伝えたい ハナマサに安いの売ってます 容器がマヨみたいでウケます そのまま飲んだら多分もっとウケます それだけです これより安いのあったら教えてください

 

ベトナムコーヒー作るやつ

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 最後は食材じゃないんですけど、仲屋むげん堂で200円 記事をベトナムの話とベトナムの話で挟んでバインミーみたいになっちゃいました 今のはベトナムギャグです

 これみんな買えば良いと思う、ハナマサの練乳と一緒に 

 コーヒーカップに練乳を入れておいて、穴の空いた皿みたいなのと器の部分をカップにセットして、器の部分に粉のコーヒーを入れて、中蓋をしてちょっとだけお湯を注いで、しばらく待ってからなみなみとお湯を注いで、上蓋をして、というふうに使います 抽出が終わったら上蓋を逆さにして机に置いて、他の部分をばらさないままその上に置いておけばオールオッケー 機能的

 ちなみにコーヒーの粉の粗さによっては爆速でお湯が落ちて濃いめの麦茶かよという汁が抽出されてしまうので、もし失敗したら器械の方の不良ではない可能性が高い 違う粉を試してみるのがいいです

 

 ベトナムコーヒーはコーヒーとはまた違う飲み物だなと考えています、液体のおやつって感じ だから練乳は躊躇なく入れて激甘にした方がおいしい これはおれが練乳フィリアだからとかではなく

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 ※それから、こないだ思いついたイレギュラーな使い方、バカの発明を紹介しておきます (円柱ではなく)ラッパ形の細めのコップを用意して、任意のお茶っ葉を入れておくのね そんでちょっとお湯を注いで、器の部分をコップに嵌めてさらにお湯を注いで、蓋かなんかで蒸らしておくと一杯分だけお茶が作れる 少しだけお茶ほしい時に良い、傾けても意外と器の部分ズレないし 普通にティーバッグのお茶を飲めば構わないんだけど 家にあるものでこういうことを思いつく精神を評価してくれ 私からは以上です

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ちなみにこれがカレーリーフのお茶 色は薄いようだけどこんなもん

 

架空インタビュー・酪農

OK牧場釧路市)/2013年就農/平田くみこさん

 


「おいしいチーズをつくりたい。それだけです(笑)。」

 


6年前に都内電子機器会社の営業からOK牧場に転職した平田さん。そう語る彼女の眼には、静かな情熱が宿っていました。

 


「たまたま旅行で訪れた釧路で、おみやげに買ったOK牧場のカチョカバロに魅せられたんです。日本にこんなにおいしいチーズがあるのか!って。それからというものチーズ作りについて調べ始めて、気づいたら生産する側に(笑)。」

 


会社員から酪農家に転身するというのは、大きな決断ではなかったのですか?

 


「物心がついた頃から、これだ!って思ったことには後先考えずに飛びつく性格の子供でした(笑)。上司も同僚も、酪農家に転身するので退職したい、という意思を伝えた時には驚いていましたが、それが平田のやりたいことなら仕方ないな、って笑って送り出してくれましたね。」

 


なるほど(笑)。それで、初めからOK牧場に?

 


「転職を決めた時には、正直右も左もわかりませんでした。でも、釧路市の酪農について調べているうちにファームステイ(※)という制度があることを知り、OK牧場でも受け入れを行っているということで、1ヶ月ほど研修生をしていました。そこでの働きを認めて頂き、そのまま釧路市に移住して社員になったんです。」

※農場や牧場に数日〜数ヶ月滞在し、働きながら生活する住み込みの一種

 


酪農家というのは力仕事も多いイメージですが、大変なことはありませんでしたか?

 


「1年ほどはやっぱり毎日ヘトヘトになりながら働いていました。牧場の朝は早く、4時ごろには起きて最初の搾乳、仕事が終わるのは16時頃ですが、ここで行う牛の体調確認もなかなかハードでしたね。温厚な動物ですが身体が大きいぶん力は強いので、手間取ることもしばしばありました。それから牛舎の清掃、堆肥替えの作業も大仕事です。牛は綺麗好きな動物なので、毎日の清掃が不可欠です。基本的には専用の重機で行うのですが、一人で山のような藁を交換しなくてはならないので……作業が終わったらすぐに寮で横になるような毎日でした。」

 


やはり女性には厳しい職場なのでしょうか?

 


「始めた頃は、体力のなさを痛感することもありました。でも、牧場作業の省力化は思った以上に進んでいるんだな、ということを感じます。OK牧場に限らないかと思いますが、ミルキングパーラーという設備があるんです。搾乳用の機械なのですが、発情管理や健康状態などもパソコン上で管理できる画期的なシステムです。そういったテクノロジーを扱う場面では、電機会社で働いていた経験が活きることもありますね(笑)。必要な体力はやっているうちにつくので安心してください!」

 


そうなんですね!酪農の世界に最新テクノロジーが応用されているとは驚きです(笑)。大変なことがあっても続けてこられたのは、やはりチーズへの情熱でしょうか?

 


「もちろんそれは大きな理由です!それから、牛と毎日接していると非常に愛着が湧いてくるんですよね。優しい眼をしているんです。最近では、牛の表情を見るだけでその日の体調なんかも分かるようになってきました(笑)。人間のような感情を持っているんだな、と感じます。繊細な動物ですから、その日の気分というのが乳の量に直結してくるんですね。やっぱり自分の育てた牛がたくさんの乳を出してくれると嬉しいです。チーズの味は乳の質に比例しますから、牛のことを大切にする、ということがそのままおいしいチーズ作りにつながるんです。」

 


平田さんは東京からOK牧場に移住してきたということですが、釧路という土地についてはどうですか?

 


「大好きです!阿寒湖や屈斜路湖、硫黄山などに代表されるような雄大な自然は魅力的で、人間の本来の暮らしということを思い出させてくれます。それから和商市場という市場があるんですが、私は食べるのが大好きなので、そこで買う魚介類は絶品ですね!たまの休日には川湯温泉に出かけることもあります。酸性のお湯なんですが、硫黄泉なのでお肌がスベスベになりますよ(笑)。」

 


川湯温泉、私も大好きです!釘が溶けるぐらい強い泉質で有名ですよね。それでは最後に、酪農家を目指す皆様に一言メッセージを!

 


「おいしいチーズの好きな方、動物の好きな方、大自然の好きな方、ぜひ一度遊びに来てください!OK牧場(笑)!」

どうしたらいいですか?

自意識があまりにも過剰なので、この「あまりにも過剰」という部分を書くのにだって「『あまりにも』と『過剰』では重複しているな、でもなんか『自意識過剰』だと成句感強いし、そういうセットで選んどきましたみたいなスナック感覚を出したいわけではないんだよな、とか思って」だったり、そう、勝手に逡巡するだけではなくて、わざわざ、そういうことを思うというところを一回通っていますよ、というエクスキューズを、エクスキューズって単語使うのだって恥ずかしいわ、昨日覚えたのかなってやつだろ、どうせ、これ、いやエクスキューズなんて大した横文字感じゃないよな、さすがに知ってるわ、でもそれを使うのにも神経質になるわ、そう、なんて言ったらいいかな、言い訳?但し書き?を付けてしまいたいぐらいに、過剰なので、何かをやってる感を出すのが絶望的に嫌なくせに、こいつは何かあるやつだと思われたい、っていう、こんなこと考え始めたらおしまいなんだよね、もし何かやってる感を出しておいてその何かについて何か言われたら嫌だし、嫌っていうか、世界全部終わったぐらい落ち込むと思う、だから褒められるのが約束されていること以外はしたくない、最悪褒められなくてもいいから褒められる想像でホクホクしたい、だけど「おれの考えうる最高のパフォーマンス」という、なんか、なんだろうな、変なの、変なやつ、灰色の変なやつ、があって、自分の起こしたある行為がそこに到達できないことが確定した時点で満足できない、というような単純な話ではないんだけど、単純な話だよ、単純な話をわざわざややこしくする以外のことができないんだよ、脳を全部白子ポン酢にして食べてしまってね、すみませんね、だから自力で気づけるレベルの瑕疵は他人にはより極端に見えているだろうな、と考えてしまって、それもそれで他人をナメてるんじゃないかと思うんだけど、そういうところもあるから厄介なんだけど、そもそもお前のことを他人はそんなに考えていないということをよく言われるんだけど、だけどだけどうるさいな、そういうことじゃないのよ、他人って別に特定の人物の集合ではなくて、こう、脳内にいる仮想敵というか、敵でもないんだよな、こういうことを考えてしまうのが正常な状態であると思っているところもあって、むしろないやつ頭おかしいだろぐらいに考えているうちにこっちの頭がおかしくなってしまったんですが、最初からおかしかったという説もある、この、これも自意識です、自意識自意識ってそんな言うけどなお前、自意識についての優れた自白は1億個ぐらいあるのにな、わざわざ自意識自意識っていまさら言ってお前、面白くもねえし、長えし、無名の石碑の写真とか撮ってブログにアップしてた方がたぶん面白いし、無名石碑に限らなくて、喫煙所とか、郊外パチンコ建築とか、公共施設の壁画、商店街の看板つき電灯、電光看板(そば うどん 380円!とか流れてくる方のやつ)とか、巡り始めたら楽しそうだなというものはいっぱいある、大抵やらないんだけど、電光看板はちょっとやってて、でもあれ動画で撮らないといけなくて、あと、回り始めてわかったんだけど、ワンループ3分以上のものが結構あって、iPhoneのストレージがアレだったのでやめてしまった、いま思うとYouTubeに上げてしまう方法はあるのにね、電光看板のワンループが長いのが存外多い現象、個人的には面白いと思っていて、面白くない?綾瀬駅ホームから見えるメリー歯科みたいに何か、特に交通機関の待ち合わせ場所に近いとか、喫煙所の前とか、そうした特殊な事情がなければ3分も同じ看板を見ていることはないと思うし、車でしか通らないような国道沿いの店なんかにそういうのを見つけると、広告という目的を超えてしまった自己表現への強い意志を感じて、こう、なんかいいよね、いいんだけど、いいんだよこんな話は、どうせ3年とか経ったら消すし、こういうの全部、厳しすぎるだろ、普通に、22歳にもなった奴のこういう話、高校生ぐらいで自意識の問題は解決しておけよ、22っていうのもおれは本当は信じてないけど、もう同級生にちらほら子供産まれ始めてるぞ、そんなんだったら最初からなにも書かなきゃいいんだけど、わざわざブログにアップしましたよ~ってツイッターにまでアップしちゃってまあ、どうせ誰も読んでないけど、誰も読んでないぐらいでいいんだけど、上記の理由で、上記の理由?上記の乱雑な文面から皆様は何か筋道だった理由を見つけることが出来ましたか?ご一緒にお考えください、仕方がないので上記に何か理由が記されているとして話を進めますけど、上記の理由でなんか1日8回ぐらい何もしたくなくなっちゃうんですよね、でも、だから、何もしたくなくなっちゃってる状態、自然状態では?と考えている部分もあって、これが私の好きなことで、それは私の仕事でもあります!って、フェイクでもなんでも言える人は、最近ではそういうのも全部いい意味で使うことになっているのをこれ幸いとして、いい意味です、という但し書き、但し書きをつけさせて頂きますが、頂きますけれども、マジで、頭おかしい、と思うし、無駄なことをしていたらそれがお金になってました、というスタンスも、それは私は面白いですというセルフボーストなので、それをすることが悪いとは全く思わないし、全く思わないしとか言ってるやつ大体は思ってるよね、し、って語尾が腹立つし、でも本当に思っていなくて、生存のためにはそれぐらいの自己肯定感は最低限必要なのだという気もするのですが、すごいなあと眺めてしまうし、そんなに楽しくもない仕事をしている人たちには、手に職をつけてまで維持するほど人生は楽しいのですか、って、本格的に中学生みたいなことを言い出してしまった、あ~、あ~あ、やってるわこれは、完全にやった、いま死のうかな、マジで、考えて考えてその末の楽しいですか、の乾いた叫びのつもりなんだけど、もう大体おしまいなんだよ、こういう、なあなあでやってるようで、ちゃんとした人たちがちゃんと考えた理由があるような、だのにあまりにも無知であるが故に口をついてしまうような、そういう、でっかい、でっかいことの話をし始めたら、人は、おれすごい純粋な親切心を持っている一面もあるんですけどね、そういうところを評価して欲しいな、脳みそないけど、せっかくなら体の方も捨てたいよね、いつもどっか痛いし、変な形だし、邪魔だし、居残り授業だよこんなん、つまんないんだよマジで、瞬間的な心地よさというのはある、美しいものとか美味しいものとか、でもそういうもののために生きるって言えるほど感覚が鋭いわけではないです、動機としては弱いです、残念ですが、いま、まさにいま、いま死にに行かないのはもはや、両親や周りの人を理由もなしに傷つけたくないぐらいの理由しかなく、いや、普通に怖いし、多分ずっとやんないけどね、やんないんだよね、こういう人は、でもなんで周りの人が悲しまないためにおれが苦しみを一身に背負わなきゃなんないんだよって、傲慢、最初の「他人」の話からそうだけど、実際には特定の個人の身の上のことを考えたことは一回もないよな、自分の中で勝手にツッコミを入れて自分でキレてる、あんまり近寄らない方がいいタイプですね、これは、存在は存在していることを賛美されるべきだろ、特定の行動の対価によってやっと存在することを継続できる、継続できる訳でもないんだよな、継続の申請を出せる、ぐらいの物なのかもしれないな、でもとにかくそういうの絶対おかしいからな、おれが言いたいのは、おれを助けろ、ただしおれはおれ自身を賛美するつもりはありません、おれに助けられるほどの価値があるとは思っていません、なので助けられるための努力は絶対にしません、ということで、合ってますか?どうしたらいいですか?おれ