逆さクラゲ

長い文章

ベトナムの話- 2/6

ベトナムの話は小出しにしていくって言って、どんどん忘れている  当時は心の状態があまり良くなくて、というか渡航そのものが明らかに病的なコンディションで決定したことで、病的なモーメントも何度もあったんですが  まあそういうことになっていたのに旅行をしていたことへの引け目もあり、タイムリーでその話をする気になれなかった  でももう4ヶ月も経ったんだなと思うとまあいいんじゃないかな  これ以上揮発しないうちに固定しておきたい  普段からあんまり写真を撮る癖もないし、1週間ひとり旅なんてとてもじゃないけど覚えてられないと思って、3日目あたりに初日まで遡って、そこからは日毎でつけてた旅行の日記があるんですけど  それを丸々公開しようかなと思い始めました  けっこう長大なので1記事に1日分ずつ  人に見せるような形で書いた文章でもないので、本来は旅行記としてまとめ直した方がいいようなものだというのはわかっている  でもそこまでの元気はありません  文脈を共有していない人にとっては難解な部分があるので、それについては注を付けます  ただし自分にとってすらあまりにも難解な部分(思い出せない部分)が数箇所あり、それはそのままにしておきます  読んでてわかんないとこはそれだと思ってください  個人が特定できそうな部分もあるのでそれは伏せました  写真は本当に持ってないんだけど、ある範囲で添付しようと思います  節約旅行だったのでケチ臭い家計簿が付いています  これは個人的な雑記なので面白いような部分はないです  以下本文

 

2/6 宿泊費900

バス代100

諸経費500

1500

 

なんか既にあんま覚えてない  関空までのバスでは寝られたけど関空からはずっと泣いてた気がする  とにかく焦燥していた  出発前にターミナルで神座たべた  新宿で食やいいのに  機内でアイマスクしながら泣いてたら隣の席のベトナム人おばさんが日本のせんべいと酢昆布くれた  東京観光して、関空の方が安いから神戸寄って帰るっつってた  安さで関空なのね、同じだねって言った  いつもはホーチミンにいるけど出身はダナンで、新年休みで実家戻るんだそう、親生きてるのかよみたいな歳だったけど、もしかしたら親戚が集まるからってだけかもしれんしなんとも  ベトジェットはランディングが雑すぎてウケました  甘やかされて育った日本人にとっては半端なジェットコースターより怖くて頭を抱えてしまった  そんな様子を見ておばさんは爆笑していた  なんかボーッとしてて両替を忘れ、到着ターミナルに戻ろうとしたら兵士みたいな警備員にジェスチャーでめちゃくちゃにされ、両替だけのために出発ターミナルへ行ったりしてた  それも怖気付いちゃって、出発ターミナルの入り口にいる到着のと同じようなNPCに片言の英語で「入る、両替だけ、出る、大丈夫?」みたいなことを聞いたんだけど伝わらず   ああも〜〜〜!ってオカマの感じで絶叫して普通に入って両替して出た  いま思えばあそこで旅行おわっててもおかしくなかった

バスに乗って9/23公園へ、空港バスはぼったくられるって聞いたけどそんなことはなかったし座れたしよかった

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夕方に日本人経営のゲストハウスへ、ケツアゴの主人うさんくさそうだなっていうのが第一印象  日本語が話せるのはそれだけでありがたいからまあいいけど、おれあいつ苦手  ゲストハウス着く前からラヴェルのピアコン3楽章のファゴットソロが聴こえていて、え?こんな路地裏で、と思っていたらこのゲストハウスに長期滞在している日本人でびっくりした  そんなことあるんだ  どっかの大学の3年生でこちらには交換留学で来てるんだそう、なんで音大来なかったの?って聞いたら大学を卒業した後はおれと同じ大学のファゴット科を受けるかもしれないと言っていた  たぶん受かると思う  彼は(某県)出身で、(その県の出身だった同期生)の話をしたら知っていた  LINEを交換した[※1]

夜はブイビエンに出かけて、空港で2万しか換えなかったからもう1万換えた  これは行ってからまた調べたら同じ名前の違う店だったんだけど、地球の歩き方に載ってた(と思った)ナムジャオってところでブンボーフエを食べた、うまかった、付け合わせで謎のツル植物とか木の皮みたいなのとか、その辺に生えてたんじゃないのかみたいな青臭いペパーミント(?)が鬼のように付いてくる(後で知った限りどの麺にも付いてくる)、これがマジでうまい  チドメグサのジュースも飲んだ、1万ドン 

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少しファングーラオとかも歩いた、めっちゃ乳丸出しのお姉さんがマッサ、マッサ〜〜!って手を引いてきて、いらないわ、ガハハみたいにしてたらベトナム語っぽいのでなんか言ってた   shitみたいな言い方だった  あと新年の獅子舞を見ました、タイのと同じやつ[※2]  大通り沿いに「反レストラン」があった

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とか言ってフラフラしてたら初日にして鍵をなくした、たぶん盗られてない、タバコと同じポケットに入れててそれで落としたと思う  ケツアゴが5万ドンで許してくれてやっすってなったけどまあどうせ最終日あたりにあと5万ドンあったらって思うんだよね  いつもそう

寝る前にロビーでバックパッカー達と話した  マジでいけ好かない人種だな  絶対なるのやめた  フィリピンネキ[※3]が教えてくれたラオスの島いっぱいあるとこ[※4]は行きたい

 

[※1]なんで驚いたっておれも(専攻ではないですが)ファゴットを吹くので  日本人で同世代でファゴット吹きってだけでいかに数少ない存在か  彼とは帰国後もついぞ連絡を取っていません でも前にレコーディングのトラで乗った団体に参加してるみたいなのでいつか会う気がする  狭い世界だ

[※2]前提として、ベトナムは文化的に中国の影響を強く受けているということがあります  この日はちょうどテト(中国でいう春節)の時期で  去年の2月にタイへ渡航したんですけど、これは本家の春節と被ってたんですよね、それでチャイナタウンとかで春節の獅子舞を見たことがあって  まさかこんなところで1年越しの再会とは、という  中国1回も行ってないのに中華圏の新年の獅子舞を2回も見たことになる

[※3]ゲストハウスで住まいと交換にタダ働きをしていた日本人女性  フィリピンで英語留学してたそうなので自分の中でそう呼んでた

[※4]後で調べたらシーパンドンって地域でした  水辺地形フェチにはたまらない  ラオス、特に田舎の方は大麻の規制がゆるいらしく、ヒッピーや欧米パリピが沈没しているようですが

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深く潜ることにした(支離滅裂な文章)

小さい頃からずっと空想の中に生き物がいます  みんな居るのかな、あんまり聞いたことないから知らないんだけど  おれはものの形をイメージすることが得意ではないので、それがどういう形をしているか詳しくは知らないんですが  年齢を追うごとに輪郭や触感を変え、時には別の空想生物の姿を借り、あるいは数を増やしたりして、それで20年少々、それとずっと付き合ってきました  それがおれの前にあらわれてくる時の形態は大まかに3つの種類に分割できて

 


①おれの全体を大きく包む袋状のもの

②おれの体長より長く内臓を貫く柱状のもの

③おれの体長と同じぐらいの手触りの良い塊状のもの

 


こうして書き出してみると、フロイト先生などの手を借りなくともこれを性的なイメージと結びつけるのは容易ではないでしょうか  まあそれは間違ってないかもしれない  だからこういうことを書き出すのは多少なり恥ずかしい  が、重要なのはそこではない  先に形態を「変え」「数を増やしたりして」と書いたのですが、この空想上の生き物、とあえて単数形で書いたなにがしかは、おそらくは1つの、形を変えることのないもので、しかも我々が知覚できるよりもういくつか高い次元にいて、その時のコンディション、というか自分のいる位置によってあらわれ方が異なるように見えるだけなのではないかな、ということに最近やっと気付いた、ということが言いたかった

ある程度の複雑さを持った三次元立体を任意の面で切断すると切断面は色々な形を持った複数の面になるでしょう  二次元の住人はそれを単一のものとしてではなく色々な形を持った複数のものとしてしか認識できない  それと同じような現象です  CTスキャンで見た内臓の配置を想像してもらうとわかりやすいか  切断面をずらして観察すれば、それはまた異なった形や数を持ってあらわれる

この空想上の生き物が本当はどんな姿をしているのか大まかに推定していくことをしたいなと考えています  先の切断面の例で言うと、面の厚さはゼロなのでそれを積み重ねることで本来の形状を完璧に再現することは不可能だが、おれ自身がCTのように立ち位置を手際よく・均等に移動しながら観察することができれば、あとはなにかのシステムでブランクの部分を埋めてあげるだけで大まかな姿が推定できる  そのブランクを埋める道具が想像力  想像上の生き物の形を推定するのに用いる道具が想像力というのは再帰的だが

大学の授業でナラトロジーという「語り」の学問の話を聞いていて そこで人間によって行われる全ての「語り」の1つの、あるいはいくつかの「原型」を推定していく、という試みが紹介されていた  このこと、特に創世神話の類型とかにも興味はあるんだけど、その話はここの本筋ではないのでやめておきます  本筋?この話に本筋なんかありましたか?  まあそれで、おれは自分の想像上の生き物の「原型」を推定してみたくなったんです  それは全く意味のない内省の遊びかもしれないし  一生をかけても終わることはないかもしれないが  同じところで行き来しているから3つに分類できる程度の外観しか観察できてないんだと思う  だから、おれはもっと深く潜ることにした  きっと果てしなく大きな生き物でしょう  いっときに観察できる姿ですらおれを包んだり貫いたりしているのだから  大きいというのも適切ではないかもしれない  数学を全然わかろうとしてこなかったので(こないだ連立方程式の解き方を忘れていて絶望した、高校入って最初のテストで6点取ったからそこで諦めたけど中学数学まではさすがに覚えてるもんだろうと思ってた)四次元以上の立体(立体でいいの?)の物量についてどういう表現を用いればいいのかわからない  まあとにかく、そういう圧倒的にマッシブな何がしかを観測することを続けていきます  意識的にやってこなかったことなので  ずっと何を言っているんだ

星新一「枕」についての雑感

星新一が好きです、小学生ぐらいから図書券あつめたりしてショートショート集を買い揃えていて、エッセイ・訳書の一部と『進化した猿たち』の2巻以外は全部の文庫本を持っていると思います    彼のショートショートは「おーい、でてこーい」や「ボッコちゃん」のような簡潔な文体と小綺麗なオチで有名な印象ですが、後期には割とさっぱりしない結末の作品をたくさん書いています

例えば、ここに紹介したい作品に『これからの出来事』から「枕」という話があります   『これからの出来事』は1985年に初版が刊行されたそうで、彼がショートショート1001篇を達成したのが1983年なのでそれより後の集成ですね、間違いなく後期のものと言ってよいでしょう   この話を初めて読んだのが中学2年生ごろだったと思います   彼の作品の数は本当に膨大(なのとおれが鳥頭)なので、たくさん読んだとはいえあらすじを説明できるほど覚えているものは少ないんですが   この話は妙に印象に残っています    そして、3ページ程度の短いものながら星新一後期作品の「さっぱりしなさ」を簡潔に表したものだと思うので取り上げる次第です

 

「枕」のあらすじを説明します   この話の基本は『邯鄲の枕』の変奏です

 

ある老人の住む家に野心家の若者(Aとします)が訪れる、そこでAは「わけありの」瀬戸物の枕を借りて眠る、翌日からやることなすこと大成功、その中で悪どいこともする

月日は流れ、悪事のツケが回りAは大失敗、落胆して故郷に帰り、例の家に勝手に上がり込んで眠る、目が醒めると頭の下に瀬戸物の枕   それでAは全てが夢だと悟り、改心して堅実な暮らしを歩むことを決める  

 

ここまでは『邯鄲の枕』とほぼ一緒なんだけど、話はさらに続く  

 

Aが家を出て喉の渇きを潤すために川に行くと、その水面には老いさらばえた自分の顔が映っている    すなわち、全ては夢ではなく現実だった

一方、例の家の主人はちょうど先代の墓参りで家を外しており、Aが家を出てから帰ってくる   そこでふと瀬戸物の枕を見て「意味ありげな外見だな、いい形で、あきがこない。これで、夢を見させる作用でもあれば、申しぶんないのだが」

 

これでちゃんと説明できてますか?   おれ自身の文章力のなさに加えて、これ以上ないぐらい簡潔な文体で書かれた星新一の文章をさらに省略して説明するというのはとても難しい

 

この話の何が好きってうまく言語化できないのだけれど、モヤモヤとしか言いようがないな   童話の変奏によくあるような結末のグロテスクさ、この場合は「世の儚さを悟り改心した、若者であった筈のAが実際には老いさらばえてしまっていたこと」の無情、に、家の主人の外出理由が「先代の墓参り」というのも相まって、浮遊したまま置き去りにされたような読後感を形成している    墓に入っている「先代」というのはおそらく若者のAに枕を貸した老人で、時系列的には本来おかしくないんだけど   それでも時間軸がグニャとなるタッチがある   後半に付け加えられた注釈によって、原典の『邯鄲の枕』における夢のモチーフ、つまり若者の夢として完結してしまう環より、もう一つ大きい環を形成していると言えばいいのかな   無粋に割り切ってしまえば「救いのない無限ループ物」感がツボなんだろうな

それから、故郷に帰ってきたAが眠りに着いた時に頭の下に瀬戸物の枕があったのかは明記されていないです   ただ目が醒めたときにそこにあったものとされている、これもかなりテクニカルではないでしょうか、一つ一つの装置が過不足なく巧みに配置されている印象を受ける   

そして、この話は『邯鄲の枕』より現実的でもある   現実が醸し出す詩情、これは星新一作品に一貫しているものかもしれないとおれは思っていて   彼はSF作家として分類されることが多いように、先に挙げた「おーい、でてこーい」にしろ「ボッコちゃん」にしろ、突飛な舞台道具が登場することも多いんですけど   それを取り巻く人間の行為や訪れる結末は妙に現実主義的で   それは「シニカルさ」でもないんですよね    彼の態度は(アホが高尚ぶって取り出すような悪い例ですが)円周率が永遠に割り切れないとか、そういう、単にそういう、計算し終わることのできない現実があるものとする、という態度でしかなく、ただそこにあるのは、その(それらの)現実に思いを馳せることで生まれてくる詩情  バルト的にテクストが「開かれて」いるとかでもなく  現実世界そのものに注釈を差し挟むようなそれ

「おーい」にしろ「ボッコ」にしろ、落ちてきたゴミでどのようなパニックが起こったのか、ボッコちゃんがどのように処分されたかまでは描かれていない、そういう割り切れない(作品世界を閉じさせない)仕掛けが彼の作品全体に通底している気がしていて   現実と連結しているというと大げさだが   それを直視する契機にはなっている

デカいTSUTAYAとか行くと「一生すべて注いでもここにある全てのCD・DVD・本・ゲーム類を鑑賞することだって出来ないんだろうな」って思うときあるじゃん   あるじゃんっていうか知らないけど   でもありきたりな言い分でしょう、なんかもうこれは感覚のものになっちゃうけど、感覚で許してもらえるなら、そういう感覚にも似ている

この雑記を書くにあたって『これからの出来事』を当たっていたんですけど、似たようなテイストの作品がほとんどを占めています   同じくショートショート1001篇を達成した後に書かれた『つねならぬ話』という短編集にも近いものがある、ただし語り口がより民話的でSF色はほとんど影を潜めています   ラファティの短編とかカルヴィーノの『柔らかい月』なんかが好きな人はハマるかもしれない

 

https://youtu.be/NQB5bFTwHfI

挿し挟まれた注釈   ベリオの《レンダリング

5/18 ばらの花

soundcloud.com

作詞・作曲: 岸田繁

ピアノ・歌・編曲: おれ

雨: 実家

 

ピアノ始めたのも高3だし(同じ学科にそんな奴ほとんどいないと思う)、人前で歌ったこともないし、なんかとにかく恥ずかしいんだけど、そういうシャイなところを少しでも払拭できたらと思って、時々ひとりで弾き語りとかしている   その中でわりといいアレンジ・リハーモナイズができたのがあったので公開しました   それでも恥ずかしいので実家でダラダラしてた時の雨でぼかしをかけています   雨もイコライジングが妙で洗面台っぽくなっちゃった

基本的には自分に言い聞かせるための、変な言葉で言えば音楽療法みたいなものだし、自分にとっては自分がピアノも歌も下手なのは自明で、その上でそれをそういうものとして、そんな感じでいいと思ってるんですけど、Twitterに載せ続けてるのがキモい気がしてきちゃったので   ほとんど誰も読んでないここの方に、一応、あげましたよ、ということを、報告として   SoundCloudの方はほとんどどころか「無」なので   そのまま黙ってると本当に何もしてないのと一緒で   このあたりが丁度いいだろう   YouTubeを使う勇気はまだない

ごちゃごちゃとエクスキューズをつけてばっかりいますが   良かったら聴いてよね、だけでいいんだよね、多分ね

 

コード表記しようと思ったけど無節操に書きづらいコード使いすぎたのと長いのでやめます

ビルマ字母 バカの語呂合わせ

最近は研究上の必要性(と単なる興味)からビルマ語講座に通ってるんですけど、こないだビルマ字母ビルマ文字の基本になる33文字)を習ったんです   我々は漢字・仮名・アルファベットをすげえちっちゃい頃に覚えちゃうじゃないですか、それから新しい文字を覚えることってついぞなかったので、今更そんなこと言われても   もう頭おじいちゃんになっちゃったし   一生覚えられない気がしたのでバカなりの語呂合わせを作りました   ビルマ語初学者の皆様よかったらご参考にしてください、しないかな

 

ビルマ語の翻字には国際的な基準がないみたいなので、各文字の発音記号は現在教科書として使っている『ニューエクスプレス   ビルマ語』に準拠しました   あと、33文字って言いましたが、古い文字で現在は使われないというဋဍဎဠの4文字は抜いています

 

က ka

おしり逆か〜

後で出てくるおしりのyaの逆なので   しょっぱなからおしりとか出てきちゃった

 

kha

タン吐きカー

さっきのkaよりは強い発音のカーなのでこういう名前を付けました   タンを吐いてる姿というよりは、文字の下部分をタン(舌)に見立ててます   こういう無理矢理のが今後たくさん出てきますがどんどん行くぜ

 

ga

下ー(ガー)

ほんとは「下」に「ガ」なんて読み方ないですけどね、ニュアンスで突破しました   「カ」と「ゲ」の間っぽい発音したら多分「ガ」みたいになるだろ、覚えちゃえばこっちのもんよ

 

ဃ ga

脇乳が〜

文字全体をおっぱいとして、文字の左のチョロってなってる部分を、なんかキツいブラとかして腋の方に溜まってる乳肉に見立てました   こういう見立てが多いところがバカ

 

င  ŋa

Cはンガー!

これはもうアルファベットのCにしか見えないしちょうどいい語呂合わせも思いつかなかったので勢いで頑張りました

 

စ  sa

左ー(サー)

やあまあ、左の方を見てる目っぽいし、これはこんなもんでいいんじゃないですかね

 

ဆ  sha

タン吐かないさ〜

なんくるないさ〜」の感じで言ってください   左のカーがタン吐こうとしてるのを沖縄出身の右の丸いやつが優しく止めてるイメージ(ちなみにshだからといってシャーにはならない、これもサーなんだけど、hは空気を含んだ少し強い音ですよ、というマーカーです)

 

ဇ  za

ムダ毛処理が雑

なんか、ブラウザによったら見にくいのかも知んないですけど、文字の右にムダ毛みたいなの生えてるじゃないですか

「雑」の部分をさまぁ〜ずの大竹っぽく「ざ〜つ!」って読むとより「ザーの語呂合わせだよ」というのがわかりやすいです、「さまぁ〜ずの大竹っぽく」で伝わるならば

 

ဈ  za

左゛ー(ザー)

こう、サになんか付いたらザじゃん、っていう、濁点と下に付いてる逆レみたいなやつってまあ結局は同じようなもんなんじゃねっていう、ていうね

 

ည  ɲa

ニャーは変なやつ

これはもう特にないです、他の文字より変な形をしているので、それで覚えました   いま思えば「巴」とかに少し似てるな

 

ဌ  tha

gs(ガソスタ)

小文字のgとsに似てるターだよっていう、そんでガソリンスタンドのことGSって略すじゃないですか、これもニュアンスで突破してください、ほんと、一回でも覚えちゃえば大丈夫なので、こういうのは

 

ဏ  na

至急(子宮)な〜!

保健体育の教科書に載ってた子宮の図に似てませんか、っていうね、本当は思ってないけどね、「子宮」って語彙もキモいし、オヤジギャグっぽいのも寒いし、最悪

 

တ  ta

金taマ

似てませんか

 

ထ  tha

金thaマ

似てますよね

 

ဒ  da

サンダー

3に似てるダーなので

 

ဓ  da

下を見るんだー!

下を見てるっぽいダーなので

 

န  na

ナーも変なやつ

これも特に思いつかなかった、Sになんか生やしたらそれがナーです

 

ပ  pa

アッパー

アッパー食らって上が空いちゃったよ、みたいなね

 

ဖ  pha

強アッパー

さっきのパーより強い発音のパーだし、なんか付いてるし、より強いアッパーを喰らったんだろうなっていう、そういうやつです

 

ဗ  ba

だれかバー食べたでしょ

これお気に入り

 

ဘ  ba

バーという字は逆Cと逆Cとが支え合って〜

同じく逆Cを使ったターがあるんですけど、それよりは、なんというか、重心が安定してるイメージ

 

မ  ma

ママのおっぱい

こう、全体が片乳で、下の丸いのが乳首です、これもバカ

 

ယ  ya

おしりや〜

似てますね

 

ရ  ya

もやしや〜

似てます

 

လ  la

ラーメンどんぶり

ラーメン丼の模様に見立てました、丸すぎるけど

 

ဝ  wa

輪〜

これはそのまま

 

သ  t̪a

ターという字は逆Cが逆Cにもたれかかって〜

さっきのバーより重心が不安定というか、右の逆Cがなんか無理してる感じがしませんか

 

ဟ  ha

上下開いてるハー!

これも特に何にも思いつかなかったので、各自勢いで突破してください

 

အ  ʔa

あー!3にタン吐いてる!

3とタンの合わせ技(aの手前についてるハテナみたいのは声門閉鎖音の記号で、語頭に母音を発音しようとすると勝手に付く音なので気にしなくていいです、つまり発音は普通の「アー」です)

高田馬場のラペットゥ

 

高田馬場駅早稲田口を出てすぐのところにタックイレブンというビルがあります   竹虫や蛙などを食べられることで有名なノングインレイというミャンマー料理店が一階に入っているので、そちらは知っている方も多いのでは

 

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ノングインレイにて、竹虫のフライとハイビスカス炒め   竹虫はカシューナッツに近い味わいで美味しいです

 

このビルは多くのミャンマー人向けストアを抱えていて、ミャンマー食材のうち多くのものを(少し割高ですが)手に入れることができます インスタント食・茶葉・調味料・スパイス類はもちろんのこと   簡単な作り置き料理を提供しているお店もあります

 

昨年末に研究旅行でミャンマーを訪れたのですが、そこでラペットゥという料理を大変気に入りその味を忘れることができずにいました   本当に毎日食べていた   発酵過程で竹筒に詰めたりするそうで日本の一般家庭では製造が難しく(まあナンプラーとお茶殻とかで似たようなものは作れるみたいなんですが)現地スーパーではパックのものを多く手に入れることができたので、もしかしたらと思い高田馬場を訪れたところとりあえず4ブランドを発見することができました

 

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タックイレブンで入手したミャンマー食材の数々  ラペットゥの他には、茶葉・インスタントのモヒンガー・アメーダーヒン(牛肉のカレーでインドのニハリに近いです)・タマリンドのトフィー・粽に見せかけてココナッツのお菓子・生野菜に付ける魚醤ベースのソース   これらも別記事でまとめるかもしれません

 

ラペットゥという料理は、発酵させて酸っぱくなったお茶の葉とフライドビーンズやフライドガーリックなどを混ぜ合わせたミャンマー国民食です   食堂には必ずと言っていいほど置いてあるのみならず、もてなし料理としても(同じくミャンマーの国民的飲料である)ベトナムコーヒー張りに甘くて濃いミルクティと共に供されることが何度かありました   日本で言う助六寿司と緑茶、よりはもう少しカジュアルな取り合わせですかね、でもノリとしてはそんな感じの、相性がいいとみなされるセットなんだろうと思います

 

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普段本当にご飯の写真を撮らないので滞在時のラペットゥの写真が一枚も残っていなくて愕然とした   代わりにヤンゴンのチャイナタウンで食べたコオロギの素揚げを載せておきます   虫ばっかだな   これも非常に優秀なおつまみでした

 

個別レビューに移ります   価格は各80g程度で200円そこらだったかな   もっと大きいサイズ、250gとかになると450円ぐらいからありました   細かくはメモしてきませんでしたが各ストアで取り扱い商品や価格が違うので要チェック

 

YUZANA

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ラペットゥには一般的に唐辛子が入っているタイプとそうでないタイプの2種類があり、こちらは唐辛子が入ってないタイプのやつです

パッケージの男の子が抱えているのはシャン族の太鼓です、民族のプライドの一つなのかシャンを表すアイコンとして使われることがままある   2mぐらいの高さがあるので横にして演奏する   シャン州が茶葉の名産地らしいので、シャンとお茶というのは結び付けられやすいのでしょうね

 

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少し茶葉の方の量が足りないかな、茶葉の味は中庸です、本当に癖もなく、なんとも   ただ豆類の配合がよろしくなく、全体的にガリガリして味がないというか、ジャイアントコーンが多いミックスナッツの残念感に似てる   なんかわからんけど砂みたいな異物も混入していて   これはちょっと失敗でした

 

(読めない)

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これもシャンの民族衣装ですかね   左上の太鼓は一般的なビルマ族のものにも見えますが、ビルマ族女性の正装ではないし   頭に巻いてるやつはシャンっぽい   もしかしたら全然違う民族かもしれません、ミャンマー力が足りないのでわからん

 

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こちらは辛くないタイプを見つけられなかったので辛いやつです   茶葉の発酵が強めでちゃんと酸っぱく、豆と茶葉の量のバランスも良い  多めに配合されたフライドガーリックとゴマもいい仕事をしています   私は禁酒中なのでアレですが、いいビールのアテになりそう   辛いのが得意なら一番おススメです

 

 

Sein Chel

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最も多くのストアで見かけたものです   辛くないタイプですが、ストアによっては辛いタイプや干しエビが一緒になっているタイプの取り扱いもありました

 

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茶葉の刻みが大きめですね   発酵が弱く、酸味がおとなしい代わりにお茶の香りや渋みが残っています   これはこれで好き   2番目のおススメです

 

WIN

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ハラルフード表示がありますね   ブランド名は勝利ってことじゃなくて、まあウィンさんって一般的な名前なので中村屋ぐらいの意味と思います

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豆しか入ってないのかよ   パッケージに"pickled tea"って書いてあるじゃんよ  どういうことですか   モヒンガーとかにでも入れて食べることにします   仕方ないから

 

終わりです

 

 

 

キモい

キモい⇔キモくない   という軸を設定しよう   人間は誰しもどこかしらキモいようなところを持っていて   好きな人や嫌いな人というのはその軸のどこに線を引くかでしかない   しかもそれは主観的な評価軸で   人は誰しもキモく、それを受け入れた上でどのようなキモさを選択するか、というかあくまでも自分にとっては許せるキモさだというラインの中で生きていくしかない   おれには変な潔癖というかしつこさがあって   完璧にキモくない人間、つまりは存在し得ないものになろうとしている   2/23の〈どうしたらいいですか?〉という記事でも書いたことだが「褒められるのが約束されていること以外はしたくない、最悪褒められなくてもいいから褒められる想像でホクホクしたい」

精神科医春日武彦が《「キモさ」の解剖室》(2014)※ という本の中で「キモさ」という概念の根源を

  • 底知れなさ
  • 無意味さ
  • 生々しさ

という3つのカテゴリに分類している

「キモさ」という感覚はかなり混淆的なもので、そう単純に割り切れるようなものではないようにも思えるが(そのこと自体は春日も認めている)「キモさ」感覚の基盤にある性質の一端を的確に言い当てているようには感じられる  そして、それは「心の中に異常なものや邪悪なものを抱え込んでいても、それは自分で意識しないうちに周囲へ筒抜けになってしまいかねない (春日, p.p.104)」恐怖、「キモさ」が自分にも適用されるかもしれないという恐怖でもある

例えば、クラシック音楽の演奏会を聴きに訪れた際、自分が急に大声を出してこのコンサートホールの空気をぶち壊しにしてしまうのではないか、という恐怖を味わうことがある   言うまでもなくそのような行為は「キモい」=「底知れず(そうした行為へと至る思考の底知れなさ)・無意味で(もたらされる結果の無意味さ)・生々しい(生の人間によって発される声そのものの生理的な不快感)」ものではあるが、同じような場面を想像したことがある人間は少なくないのではないだろうか   映画館とか図書館とか何でもいいけど

「キモさ」が「底知れなさ・無意味さ・生々しさ」によってもたらされるものだとすれば、全ての人間がどこかしらでキモいということにも説明がつく   全ての人間は異なる遺伝子を持って生まれ、異なる環境の元に育つ、という不整合を抱えていて   同じ価値観を持つ人間というのは(その近い遠いという尺度はあるにせよ)絶対に存在しない   価値観が違うということは、ある人のある行為が本人にとっては理屈の通ったものだったとしても、別の人にとっては「底知れず・無意味」なものとして受け取られうる、そしてある人の振る舞いとか立てる音とか見た目とか臭いとか、そういう「生々しい」要素が、本人にとっては気にならないものだとしても、別の人にとっては不快なものになりうるということである

クチャクチャ音を立てながらご飯を食べることは多くの人にとってはキモい行為かも知れないが、本人にとっては、生育環境の中でそれを教えてくれる人がいなかったのかもしれないし、何か身体的な要因でそうしなければ咀嚼ができないのかもしれない、そして誰もがそういう、誰も教えてくれなかったとか、不可避の要素とかに起因する「キモさ」を抱えている可能性がある   つまり、ある人間のあらゆる振る舞いは他人にとってキモいものに映る可能性を常に孕んでいる   再び春日の言葉を借りれば「生きること=キモさを発散すること」

そしてここで先述の潔癖・しつこさ、厄介な性質が邪魔になってくる   「人間は完璧じゃないから面白い〜」なんていう言説は自分にとっては受け入れがたいものであり、精神状態によっては「完璧にできないなら何もするべきではないし、在るべきではない」という極端さにまで至ってしまうことがままある   大多数の人間がおれとは明らかに価値観が異なっていて、それでようやく何とか回る社会はおれにとってはキモすぎる   完璧な保育ロボットかなにかが開発されて、全ての人間が同じ環境の元で育ったとしても、全員がおれのクローンなんてことはなくて、そもそもの遺伝子が違うのだから同じ価値観を持つことはありえない   さらに言えば、おれ自身にとってすらおれは「底知れず・無意味で・生々しい」存在で   後で思い返してみて「あの時のおれキモかったな〜」ってバタバタする時あるだろう   そういう不整合を受け入れるのが多様性を認めることで、生きることでもあるのだろうが   「キモさ」というのは(「キモカワイイ」という言葉があるように)それ自体が魅力になりうるし   差別的な発言は自分にとってはかなり「キモさ」の度合いが強いものなのでそういうことはしないにしても   その危険性はいつでもすぐそばにある   どっちかなんだよな   全部そういうものとして我慢するべきか   一切をやめてしまうべきか 

 

P-MODEL FU-RU-HE-HE-HE - YouTubeyoutu.be

キモカワイイ音楽   偏執的でキモい文章の口直しに

 

いや、死ぬことはある意味では最もキモい    死は我々にとって強烈に「底知れない」ものであり、生の「無意味」さを象徴するような存在でもあり、死体や霊魂は非常に「生々しい」恐怖感を持って我々に迫ってくる、だからこそ怪談というジャンルが成り立つ    我々の「キモさ」を最小に抑えるためには、人類のリソース全てを、全人類の去勢・死の「キモさ」を感じられないぐらいに幸せになれる薬・安楽死機能を備えた介護ロボットの開発、にでも注いで、生殖をせずに一人で、あるいは比較的キモくないと思えるような少人数で暮らしながら滅びていくしかなく   こういう考え方もキモいんだよな   すでに手詰まりに陥ってるんです   我々は   全ての人間、全ての事物、全ての現象、世界そのものはどこかしらでキモく   それを終えること、無ですらキモいんだから   諦めるしかない   無神経になりたい   だが、無神経さは、それはそれでかなり強い「キモさ」を持っている   先のコンサートホールの例も(大声は極端にしても咳とかフライングブラボーとかね)、クチャクチャの例も、そのような行為は、不可避の要因によるものを除けば大半が無神経さに起因するものでしょう   どうしたらいいのか   誰かどこまでがおれにとって許せる「キモさ」なのか教えてほしい   それがおれ自身には全くわからない   許したい  許されたい   

 


イースト・プレスの「よりみちパン!セ」というヤングアダルト向けのシリーズで出ている書籍の一冊で、自分は面白く読みました   ティーンが対象ということで、「解剖室」という題名の割にエッセイ色が強く分析的な内容は後半の一部のみですが   まあ2時間ぐらいで読めるものなのでもし面白くなかったとしても損した感は薄いかなと思います   興味のある方は手にとってみては

短歌まとめ(〜2019/4/30)

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ここからは解説です、読まなくていい

 

一般論として、解説が付いてると醒めちゃうって人もいるみたいですけど、自分は解説があった方が安心します、文庫本とか   過激派が多いから言い出しづらいですけど、だから、まあなんか、特に興味のある人だけ読んでくださいという気持ちを込めてこんな小声のフォントサイズとカラーにしています

あと詩歌において解説が必要な作品はポンコツなんじゃないかっていう説もある、それはそうかもしれないけど、まあそういうのもあっていいんじゃないですかね、自分みたいなアマチュアもアマチュアというレベルでは

これだけの短歌が溜まっている経緯としては、17歳ぐらいの頃に笹井宏之にハマって10首ぐらいの連作を書いたのがきっかけで、それから今まで、夢中になったり飽きたりをくり返しながら細々と詠み続けているうちにこれだけのストックができていました、という単純なものです、まあ4〜5年間の成果にしたらかなり少ないですけどね   ボツにしたから入れてないやつとか改作とかも若干含む

笹井宏之から入ったぐらいなので、技巧的な歌・その人の生それ自体の切迫感が込められている歌・教訓/インストラクションのようなものを含む歌よりも、ただ単によい語感・突飛なイメージの提示・あるいは複数のそれらのぶつかり合いが限られた文字数/定型の中で起きることに面白みを感じるようなところがあり、作る歌の傾向としてもそういうものが多いな、とこれらの作品を見返してみて思います   だから本当に意味のない作品には解説が付いていなかったりもします、ご了承ください

 

 

以下各歌解説

 

傾眠と詩的言語は杳たりて仰光河《やんごんがわ》に垂れ下がる軒 

2018/12   ミャンマーに研究旅行に行った時に作った歌   暑い時と寒い時で全く身体や頭の調子が違うなという話です(解説ってこんな調子でいいのか?)、自分は暑い時はあんまり眠くなくてパキパキ動ける割に妄想癖、もっと言えば創作思考が弱くなるようなところがあります    ヤンゴンが中国語で仰光なのかっこよくないですか


きるざさん 高く叫んで鳳の西へ向かうを射るイスパハン

2018/12   これは kill the sun とイスパハンで踏んでるだけです、イスパハンってなんか赤いフルーツいっぱい使ったマカロンがあって、それと矢に射られて飛び散る血のイメージが重なった、イスパハンって響きもなんか世界史に出てくる軍隊とかっぽいし   おおとりはもしかしたらルビあった方がよかったかもしれないですね


煙に巻く 砂埃・赤い唾・犬・犬の死体 と同じ高さで  

2018/12   これもミャンマーの歌   ヤンゴンダウンタウンでタバコ吸ってた時に見えた景色まんまです

 

七彩の光を見たというものがいて、それはそれとして微笑を

2018/12   同じくミャンマー、あっちの仏像って七色のキラキラしたLEDとかで飾り付けられてるものが多くて、確かに日本人的な感覚からすると妙ではあるんですが、仏教が生きた文化としてそこにあるからこその現代的な技術を仏像装飾に取り入れてしまおうというアイデアが出るのかもしれないな、マンダレー郊外なんかでは路上にいくつもの(日本でいう石材店ぐらいの頻度で)仏像店がありました


不規則に金色の塔が生えている 古い作用の形跡を抱き

2018/12   マンダレーでパゴダが畑の中に急に生えてたりしてビビることがありました、日本でも田舎の方だと畑に祠とか鳥居とかお墓とかあったりするし、そういうノリなんでしょうね

 

こおろぎにバグ技で埋めた文字列を私的なえりかとさとるとします

2018/12   説明するのが難しいな、いや、しなきゃいいんだけど   えりかとさとるというのは「えりかとさとるの夢冒険」というゲームソフトのことで、コードに開発スタッフへ向けた呪詛みたいな隠しメッセージが埋め込まれてるんですよ、チャイナタウンでこおろぎの素揚げ食べながらめっちゃ酔っ払って知り合いに呪いみたいなLINE送っちゃって、いいや、なんかこんな感じの解説でわかりますか


唐突に夏に帰ってまた戻る気の絶対奪格の身勝手

2018/12   これは特に意味ないです、絶対奪格っていうのはラテン語の文法用語で、英語で言うと分詞構文みたいなものです、あとは語感と雰囲気だけ


その触る端から崩れてく古い古い冊子が脳です、どうぞ

2018/12→2019/04   解説いらなそうですね、しません

 
針金と針金の間にマニ車 されがまぱだにさ 意味なんかないさ
2018/11   サレガマパダニサというのはインド音楽におけるドレミファソラシドのような階名、マニ車チベットなのでその辺は噛み合ってないですね、基本は語感だけの歌
      
      
夾竹桃の隊列来り[※工業高校入口(時差式)を参照]

2017/07   地方都市の道路を走っていると夾竹桃の街路樹ってありますよね、なんか妙にまっすぐ生え揃っていて質感も硬く軍隊みたいに見える、[工業高校…]は信号の表記です   これ、破調の歌として作ったんですけど、(時差式)を発音しないものとしないと流石に字余りすぎますよね、土屋文明の驢来り騾来り馬来りみたいなことはある程度定型に沿ってるからできるんであって、破調で文字数も合ってないと本当に何でも無くなってしまう   「夾竹桃の/隊列来たり」で取れば(時差式)を読んでもギリ行けないかな、無理か


いつ壊れてもおかしくはないものがいつも自分の番で壊れる  

時期不明   これも解説いらない


窓がない場所に逃げ込みゼラチンを鍋で溶く 汗にじみでる汗

時期不明   解説なし


視神経ちぎる音ばかり七十分つめこまれているCDを焼く

2014/?   解説なし


耳をふさげ生れつき骨病みし猫・耳介結節を持たぬ我々

2016/?→2019/04   「生れつき骨病みし猫」というのはスコティッシュフォールドのことです   スコ耳


防ぎようのない雑音のみがあり斜めの机に置いて読む本

2017/?   前の歌との繋がりものなんですけど   図書館、たまに机が斜めのところありませんか、新聞とか読みやすいようになんだろうけど    4月から工事してる杉並中央図書館がそうで、なんかそこ行ったら工事の音がうるさくてあんま中身入ってこなかったっていう文句の歌です   種明かししちゃうとつまらなくなるものの典型
    
たまきはる右前肢第二指中手骨ただそれだけでステゴとわかる

2017/7   古生物学者って指一本の骨からどうやって種類を同定するんだろうなという疑問がある、DNAとかが残ってるわけじゃないでしょうしね   「たまきはる」は「内」「命」「幾世」などにかかる枕詞なのでおかしいっちゃおかしいんですけど、だったら化石もいけるっしょ、命だし幾世だし、って、ニュアンスで突破しました


環礁の博物館跡地に寄せる汀 プレシオサウルスよ征け

2014/?  解説なし


五十万年の暁、孤島なる灯台守はパンを焼きおり

2014/?   当時は灯台守という職業に憧れていました    現代にはそういう職業がないということを知って絶望したものですが、そういう仕事で暮らしていけたらいいのにという根本のところはあんまり変わってません、墓地警備とか


牡蠣をかむわたしがかつて牡蠣だったころふいていたきんのうみかぜ

2014/?   当時の解説に「海を全部濃縮して食べたら牡蠣みたいな味がすると思うんですよね」というようなことが書いてあります


児は走りプールサイドに並びゆく足跡 ふたつ、みつ、よつ、いつつ 

2014/08   記憶にある限り始めて詠んだ歌です   こないだ歌詞つくった時に使った


愚かものの横顔越しのその青のソーダの泡のような脆さを

2019/01   ゆるい母音縛り(オオアオ)で作った歌です


ひさかたの光の道とか二限目を持って河原を駆け抜けていた

2014/?   枕詞を正しく使っている   「ひさかたの」という響きは擦弦楽器みたいで好き、これは高校にあんまりちゃんと通えなくてどうしたらいいかわかんなくなっちゃって河原とか走ってた時の歌です


オリオンのほうへと息を吐く女、白磁の色のきる歯つぶす歯

2014/?   解説なし


居明かしてしろくまおとこのまんまるのへそのあたりの毛皮のにおい

2017/07   解説なし


母親を鳥にさらわれたこどもだけ整列しましょう、絹の雲梯 

2014/?→2017/07→2019/04   2017年版では「整列しましょう」が「ならんでください」だった、そっちの方がよかったかもな、こないだ修正したばっかだけど戻すかもしれない


貝塚の貝ひとかけをはがしとり受け取る靴職人の訃報 

時期不明、何度か改訂してるはず    解説なし


ゴシック体かぎかっこではすくえないたましいがいてしたたるゆうべ

時期不明    解説なし


船室のシチューの皿にとけてありさめてゆく声(そこにいますか)

2014/?   マリーセレスト号伝説に題材をとった歌です、あとは各句の頭にサ行やタ行を置いて、囁き声というか、今で言うASMRのような効果を狙っていたと思います
   
巨きくて柔らかな塊に圧し潰されてより聾《つんぼ》の右耳

2019/01   解説なし、これを含む以下3首は連作


柔らかな流れに瞑る目 聴こえない耳に垂れ落つ油の流れ 

2019/01    解説なし


琥珀色の油を垂らす女神像 バダウの花を散らすスコール  

2019/01→2019/04   解説なし


(ここにあなたの知っている最大の主語をひとつだけ入れてください) 

2018/?   解説なし


過剰さは美しさであり産医師は異国に向こう 何となくギャグ

2018/12   円周率の語呂合わせってわかりますか、「産後厄なく」と「何となくギャグ」で踏んでます   過剰さは美しさである、という価値観を自分は持っていないが何となく共感できるところはあって(ヤンキーの「〜〈車高低い、カバン薄いとか〉ほどカッコいい」文化などはそうですね)でもそれは何となくギャグっぽいようなところもあって    だから「産医師は異国に向こう」の部分が韻を使って「何となくギャグ」を呼び出すための枕詞、みたいな構造の歌です


平原に陶笛を吹く童あり ウクライナ、うくらいな、ウクライナ

時期不明    2017年の連作で表題作としたものですが、その前には詠んでたと思う   ウクライナという国名の響きがオカリナっぽいねというところから連想した歌のはずです


 

 

 

リハモが楽しい

最近リハモがすごく楽しいです  和声もコード理論もアカデミックなことは深くまでやってこなかったから(芸大和声なら3巻中盤ぐらいまでです)なんか最近になってやっといい遊びだなって  おれは自分のコードセンスが好きだなというのも思いました  就活の課題で作ったこれが発端で(その会社は作品選考で落ちました)最近は色んな曲を習作的にリハモしてばかりいます  このアレンジ自体が超速で作ったやつだからいま聴き直したら嘘みたいな並達とかいくつかある  ポップス理論はまだ詳しくないのでもしかしたら問題ないのかもわかんないけど流石にアレだろう  上げる前に直せばよかったな  それにしても結構よくないですか  ワンバース目の「ソソファファミミレー」の繰り返し、1回目と2回目でベースラインがの動きが半音違いになってるのとか  遊び心あっていいと思うんですけど  3月後半から4月頭の2〜3週間に作業を詰め込みすぎてちょっと新作は一旦、という気持ちもあり、音楽以外にも勉強したいこと色々あり、卒業もしなければならず、リハモぐらいの頭使い度がちょうどいい  人に聴かせられるクオリティのそれができたらまた載せるかもしれない  例の会社の課題、歌は自分で歌ったのを女の子っぽく聴こえるように色々いじったやつです  歌、こういうローファイっぽいやつにおいてはオリジナルに近いピッチのものとパーフェクトピッチにしたものと、少しだけ位相と開始位置もずらして重ねると透明感出ていいですね  常識なのかもしれないな  おれは何も知らない  まあとにかくだからお聞き苦しいとは思いますが  それでもよくて、かつお時間ある人がこの世にもし居たらどうぞよしなに

 

https://soundcloud.com/shibuya-fuji/a7toayhu2koh

顔がわからない

人の顔の良し悪しがぜんぜん理解できていない気がしてきた  誰だってかわいいと思えばかわいいしかっこいいと思えばかっこいいし美しいと思えば美しいしそうではないと思えばそうではない  その点に関する審美眼か脳の部分かを持ち合わせていない  自分がそれをどのように判断しているのか考え始めると混乱してくる  顔について、あの人かわいいよねとか、かっこいいよねとか言われた時は雰囲気で返答している  案外みんなそういうものなのかな、美術系の人とかを除いて  おれが気にしすぎるだけで

 

その、自分を演出する方法とか、身にまとっているものの良さとか、体型とかに関しては自分の中でわりとはっきりした美的判断の基準があるんだけど  顔のことはよくわからない  顔はおれの中では美を受け取る対象ではなくて、その人がその人であることを判断する記号としてしか機能していない  全てがそんなに変わらなくて、どちらかといえば美しいものではないようにも思う  誰だってかわいいしかっこいいとか言ったけど  なんかよくわかんないからそう思うだけで、大抵の場合あら探しをしようとするといくらでもできる、なのに良さとなると一個も説明できない気がしてくる  だから、自分の顔とか、まあそれが不適切でないシチュエーションにおいては他人の顔とかについて冗談を言うこともある  それは対象を選ばない、通り魔的犯行として行う  おれは最悪の人間です

あと、人の顔、見たらもちろんわかるけど、想像しようと思うと大体の形しかわからないんですよ、細いとか太いとか、ちょっとアゴ出てるなとか、さっきツイッターに「友達の顔を思い浮かべてください、その友達に帽子を被せ、帽子の上に旗を立ててみてください」というのが流れてきて、本来は「人間は想像力を重ねられない」というテストらしいが、友達の顔を思い浮かべる、という段階でアレっと思った、むしろみんな人の顔そんなに浮かぶんだというか、おれは薄ぼんやりとしたいびつなジャガイモみたいなものしか浮かべられないからさ  だからあんまり会ってない人の顔をものすごく忘れるんですよね、そういうこともあって、久しぶりに会う人には必ず開口一番「澁谷です〜」と挨拶することにしている、逆に「あっ!私のこと覚えてる?」みたいなこと言ってくる人いちばん腹立つ、覚えているわけがない、「当然覚えているだろう」という前提のもとに行われるそうした行為によって自分への関心とかを測って満足するつもりなのかもしれないけどさ、いやそれはいくらなんでもひねくれた見方だ、特に意味はないだろう、でもおれ無理だからね、誰も得しないから、もっと想像力を働かせましょう、お互いに

 

次の話は関係ないんだけど、大勢のいる場で行われる「私いくつだと思う?」/「これいくらだと思う?」系のやつ、この世で最も愚かな質問だと思う  こう、基本的には、おれが(年齢なら)低め/(価格なら)高めのとこを狙って「え〜嬉しい」/「いや安いんだなこれ」のフォーマットだけど、おれはものを知らず、人の外見のことや物品の相場がわからないので、上手くちょうどいい数値を狙えず両方怪我する可能性がある  もう一つのパターンとして、おれがかなり高めの年齢/低めの価格を狙ってみて「うわ〜ヒド〜い笑」/「さすがにそんな安くないわ笑」で場もそれなりに冷めることなくまあまあ結果オーライ?みたいなのもあるけど、一番アレなのが、おれ自身たまに変に狙いにいっちゃうことがあって、例えば「29歳ぐらい?」/「3万円ぐらい?」とか言ってみたら「いや27…」/「3万3千だけど…」みたいな、このパターンが一番みんな悲しくなっちゃう、大事故に繋がる危険性がある、即刻禁止すべきです

対偶の安全球として、「えーどんぐらいだろだろ、300歳?違うか、じゃあ2歳?(50万円?8円?)」とか言ってややウケというか、全く面白くはないけどギリギリ場が冷めないぐらいのとこいくこともある  でも真面目に答えてよ〜とか言われるともう振り出しに戻るでおしまいじゃん、救命活動むなしく救出者ゼロ

っていうかこの質問の着地点として、おれが言った数値がテンプレに沿った回答だったところで「若く見えんじゃん」/「いい買い物したじゃん」で質問者の手柄になって、悪い方でも、質問者が「うわ〜ヒド〜い笑」/「そんなに安くないわ笑」で拾えたら拾えたでナイスリカバリーとして質問者の手柄になって、おれが得する可能性が一つもないっていうか、人間関係に損得を持ち込むものでもないけどね、良い気持ちや嫌な気持ちのことです、このときおれは単に踏み台として使われてるわけです、1対1会話の時は別、それは単なる遊びだからね、まあ粗方、ただ単に質問者が良い気持ちをしたいだけ(コミュニケーションで良い気持ちをしようと思うのは自然なことでそこまで批判するほど腐ってはないです)、あるいは話題を提供しようという純粋な親切心で、聞かれた方が踏み台だとまでは考えが及ばないんだろうけどさ、もしその会話が双方にとって良いものになる場合があるすれば「回答者のような下賤の民が質問者様に話題を振って頂くことによって会話に参加できるという大変貴重なこと」自体に価値がある場合ぐらいで、こういうの品性下劣としか言いようがないんですよ、マジで、マジで

 

そんで顔の話、これは対象物への興味や空間認知の問題なのかなあ、今さ、なんとなく、一人暮らしを始めると同時に購入しもう4年使っている机の脚を思い浮かべてみて、それが3本脚なのか4本脚なのかも思い出せなくてビビった、曲線的な形をしているからどっちの本数もあり得るもので、三角形なのか四角形なのかも思い出せないようなことではないけど、それにしてもちょっと、帰ったら確認しよ  興味というのは、例えば、何も見ないでファゴットを描いてくださいって言われたら、もう、中高時代は結構な熱意を持って練習してたし、指穴やキイを覚える必要ももちろんあるし、分解して掃除もしたことあるし、多分360°細かいパーツまで精確に描ける(絵は恐ろしく下手としても)が、何も見ないで友達の顔を書いてくださいということになると、とりあえず目と鼻と口と耳があって人の顔として描けるものが男女各5種類ぐらいレパートリーにあったとして、その中でなんとなくそれっぽいものを選ぶ、そんで少し誇張する、ぐらいが関の山だと思う、似すぎだろ人、髪型や髪色でさえ、特徴的な人のそれ(強烈な七三とかアフロぐらいのパーマとか毛先だけ赤のマッシュとか)以外はほとんど知らないです、急にベリーショートになったとか、なんなら知らない内に坊主になってたとか、そういう極端な例を除いて誰かが髪を切ったのに気づいたことがない  おれがなんらかの事件に巻き込まれたとして、おれの証言から作ったモンタージュ写真が配布されたせいで永遠に解決しないとかいうことが起きうる  画像検索とかで人の顔めっちゃ見ようかな、社会的に「良い」とされているらしきものと「悪い」とされているらしきものと、各々1日に2時間ぐらいずつ、ただただ鑑賞して暮らす  そこまですればさすがに審美眼らしきものも付いてくると思います  おれ自身がそういうニューラルネットワークになればいいのか

どうしたらいいですか?(どうだ明るくなったろう)

もちろんお金に興味がないわけじゃないんだけど、自分の特定の行為に対価を支払ってもらうということへの強烈な恐怖があって、音楽なりそれ以外の趣味なり、それでフリーランスの世界に飛び込んでいこうというほどの、根拠のあるなしに関わらない自信・人脈づくりへの積極性・誰かが関心を持つようなことへの進取の気質・セルフボースト力、などがあったとして、いやまあそれがないことはほぼはっきりしているけれども、ものを作るというのはおれはそれを自分に言い聞かせる・自分の現在の質を固定することで自分を落ち着かせるためにできる数少ない行為の一つなのに、そこに外的な動機がつき始めたら、本当に自分を落ち着かせるためにできることってなに一つなくなっちゃうんじゃないかっていう、そういう恐怖


自己肯定感が極端に低いことが災いして、日常生活に必要な行為のレベルにおいては、誰かに認められる/否定されないということでしか充足を得ることができない、そして、認められたい/否定されたくない、という強迫観念が大きくなりすぎて脳がおかしくなってきてしまった


だから創作系で会社員になろうと思った、圧倒的成長‼︎みたいな考え方はものすごく苦手だけどさ、関心のある分野についての体系的知識を得られないようなことで時間を消費してそれを換金するのは耐えられる気がしない、そのようなやっかいな知的好奇心を持って生まれてしまった、創作をしながら、あるいは鈍重なスピードであれ知識を得ながらお金を得ることができれば、それは固定されるべき自分の精神の質を向上させることに繋げられるから、耐えられそうな、もっと言うと楽しそうな気がした、でも創作系の会社員はどうも現状の実績・資格・道具ではうまく行かなそうなことがわかってきた、悲しいことだ、おれにはとにかく必要な持ち物がない、持ち物を得るためにはやっぱりある種の(これでやっていこうという)自信やセルフボーストなどが必要で、それができないから困ってるのにさ、あと、勉強を始めるのが遅かったせいで単にテクノロジカルな部分での技術が皆無と言っていい、なんなんですかね、人はそれを甘えと呼びます、ガハハ


自分の周りを見渡してみるだけでも優れた芸術家が溢れているのに、優れた芸術家であるというだけで得られるような働き口は少なすぎるということを感じる、いやまあアカデミックな流れに乗ってしまうか、単に優れたどころではないほどの活動実績とセンスの両方があるか、セルフボースト力がずば抜けていれば、それは別ですけどね、特に音楽は門扉の広さがデザイン系と違いすぎる、切ねえ

 

今日の授業でやってたんだけど、サルデーニャ島のラウネッダスという楽器は農民などを兼業するようないわゆるセミプロによって継承されてきたようです、文化継承というのはある意味そういう状態が健全なのかもしれない、保護政策とかが取られるようになったら、なんというか尊厳を失うんですよ、それは、保護されなかったからなくなっちゃった文化というのはたくさんあるけど、それで自然なことではないですか、胃瘻を繋がれて朦朧とした苦しみの中で5年も10年も生きるより安楽死の方がよっぽどいいと思う、よりよい延命の方法を考える必要はもちろんあるけどさ、それは現状では充分に整っていない、不老不死というのは不可能だし、新しいものも産まれる

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全員が無職でも生活の心配をする必要がなくなるのが一番いいですけどね、労働が一つの趣味になるのが、でもそれには奴隷階級が必要だし、ロボットとかでうまくいかないのかな、21世紀も5分の1が過ぎようとしているのにシンギュラリティなんかいつまで経っても来ない、むしろどんどん貧しくなって終わるような終末論がはびこっている、そうは思いたくないが、そもそも、前も書いたなこれは、特定の行為の対価として得られる報酬がなければ生活を継続できない、というか継続の申請を出せない、ぐらいのレベルのものだけど、それ本当は絶対おかしいからな、人間性というものがこの世にあるとすれば、それは全く人間的なことではないと思います、というのはニートの思想か?


それで最近は、塾講師とか図書館司書とか、そういうある程度の知的好奇心を満たしながら金銭を得られる働き口を見つけて、ものを作ることは細々とやっていくのが良いかもしれないな、と思い始めた、塾講師は大卒見込みなのと、幸いにもある程度いい高校を出てるので(あまり好きでも楽しくもない環境でしたが)それ自体で取ってくれるところはどっかしらあるだろうし、図書館司書も大卒者なら最短1年から取れる通信講座もあるみたい、こちらは書類があえて煩雑に作ってあるようでそこの心配はあります、ということを調べていました、 まあなんでもいいんですよ、フワフワ生きてたらそれでなんとかなっちゃうことも全然あると思うし、よっぽどのことがなければ人は家を失ったりしません、家を失うのですら、それ自体は人間性そのものを失うことではない、ただしさまざまな苦しみはある、それは避けられない


あとは、今年は卒論での必要性からビルマ語を勉強することにしていて、なんかミャンマービルマ語初級、どころかほとんど出来なくても問題なさそうな日本語教師インターンの求人があるみたいなので、卒業後1年ほどそういうのを挟むのもいいかも知れないなと思っている、月給4万らしいですけどね、超ブラックな職場環境ではあると思う、でもなんか楽しい国だし、寮があればあっちの物価では充分暮らせそうだ、ビールとかも毎日ではないにせよ飲めると思う、まあ海外生活は医者との相談ですかね、保険適用外の民になるはずなので、月給4万で薬を買うのは恐らく厳しい、西洋医学の発展度も違うと思うのでいまいち心配、その辺の制度ぜんぜん調べてない、断薬して生きていけるのかわかんない、暑くて日が長い国だからなんかどうにかなりそうな全く根拠のない楽観もありますけどね、なんにせよ実業のことを考えるのは、それはある種の諦めではあるが、自分に優しく語りかけることを忘れないためにそうしなければならないことでもあったと思う

 

チャールズ・アイヴズは兼業作曲家でした、生前はほとんど顧みられることもなく、まあ不思議な曲を書く人だけど、《四分音の3つの小品》の第二楽章とかすごく好きです、どうしてほとんど聴いたことないはずの四分音の響きをこんなに適切にコントロールできるんだろうか、という輝きを持った瞬間がいくつもある、ああいう、なんかな、アイヴズが自分であの作品をどう思っていたかは知らないけど、自分にとってなんかいいな、と思える瞬間、固定されたそれを持っているのは、大変に尊いことなんだろうと思う、輝きを持った瞬間、というのは昔は自分の一つのテーマだったな、いつか忘れてしまったけどそれを思い出してきた、ラッタウット・ラープチャルーンサップは『観光』からのち特に目立った短編集を出していない(大変に美しいのでぜひ読んでください)らしいが、「徴兵の日」や表題作「観光」のような話がいくつか書けたらそれで満足っていうのもわからなくない、光を観ること、創作をしない(と思っている)人でもみんなそういうのを持っていると思う、得意料理のオリジナルなレシピとか、なんとなくうまく噛み合ったなってLINEの流れとかさ、そういうことでもいいんじゃないかなと思う、全然

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研究者はね、いまいち向いてない気がします、思い込みがやや激しい・つまり少ない記述でなんとなくこういうことかって早合点してしまう癖がある(語学の読解とかでは役立つ時もあるけど良し悪しだな)のと、思考や発話が鈍重なので、収集した一次資料をもとに客観的な記述を作り上げてみたり、それを自分の言葉で、学会での質疑に耐えられるほどパキパキと説明している姿が全く思い浮かばない、賢くないと言っちゃえばそれまでだけど、まあそういうことです


延命として院に行くのもありな気がするけど(日暮里に延命院というお寺があるな)それは、研究者になるつもりでもないのになんとなく不誠実かな、という気もしないではない、大学全入時代を超えて、大学院もとりあえず行っとけみたいになって来てますが、学生そんなにやるのか〜っていう負い目もあるしね、長く学生をやることには何の問題もないと思う、ただし自分自身があんまり文化的資産のない家系に産まれてしまって、特に父親は大学院がどういうものなのか理解できてない(し、説明してもわからない)と思うのね、だから、お金を出してくれている父親とかにもそれは申し訳ないかな、って、変なことを思うところもないではない、これも先の記事に書いたことで、学部が終わりかけのタイミングでやっと勉強が楽しくなってきたんですよ、だからなのかな、考えてもなかった院が選択肢に入りはじめた、なんか、まあどっかで1浪したとでも思えばそんなにか 

 

もこうがこの間のゆびをふる対戦の動画で「ジラーチの映画を見返したらすごく良かった、あんまり生き急がなくても大丈夫って思える」みたいに言ってたから、とりあえずジラーチの映画借りてこようかな、小学生の時に観たけどほとんど忘れちゃった、あのデカい触手のグラードンジラーチの映画でしたよね、それはなんか覚えてる、あと「小さきもの」はすごく良い歌です、絶対に泣いちゃうから今あんまり聴かない、小さきもの、それは私、私です、まぎれなく

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まだ作品選考が1社だけ残っている、大変に難しい会社ではあるけれど、万が一のことがあればそれはうれしいな、最も好きな会社だし、DTMの音源は全く持ってないけど、課題全部、これまでに出した会社のそれの内では一番いい曲が書けたと思います、書法の方を見てくれたらいいな、まあ何にせよ結果が出てから考えるのがいいです、それから決めよう、今までずっとそうやってやってきたし、そうするのが自分にとっては自然です

シャツのボタン絶対にぜんぶ留める宣言

シャツのボタンを絶対にぜんぶ留めます  これは宣言です  あの  第1ボタンは開けとけみたいになってるの  全然意味わかんない  その状態さあ  まず形状として美しくなくない?  自分でやってて気持ち悪くない?  ルール上は何個開けようと問題ないことは知っています  その上で言っている

やあまあそうするようになってるタイプのシャツもあって  開襟シャツはもちろん  ある種の女性用ブラウスとか  スナップボタンのシャンブレーシャツとかね  それをそうして着てるのにはなにも言いません  そこにまで突っ込みを入れ始めたらそれはただの無差別殺人なので  ボタンダウンシャツも開いてていいと思う  閉めるのもいいと思う  本当にどっちでもいい  レギュレーションとしてはノーネクタイの場合なら開けるのが正着手なんだっけ  でもおれは閉めます

問題はそれ以外のシャツの第1ボタン開け  ほんと  なんか  美しくないと言ったな  美しくないとしか言いようがないんですが  それは  首元苦しいだけの人じゃん  Tシャツ着とけや  っていうかさ  これは感覚のもんだけど  あれだけボタンの数があって1個だけ開けておくという行為になんとなくの違和感を覚えないのですか  と言いたい  いやどうだろう  その  足したら10の倍数になるナンバープレートを見かけると気持ちいい  みたいなこだわりの強さは変質者のそれかもしれないから  それはどうでもいいや

2個以上のボタンを開けてる人はね  あれはあれで許せる  許せるなんて偉そうなこというもんじゃないけど  そこに自分の審美眼を持ち込んだ形跡を感じ取れるので  いいと思います  自分ではやらないけどね  似合わないから  第1ボタンだけ開けは  もう  ほんと  それは  ただの思考停止  フランチェン  パニパニパニック  おれはこのことに関しては極右なので開襟が推奨されるタイプのシャツも買いません  それは美しさの問題というより自分の思想的立場を明らかにしておくために  ただしアロハやそれに類するものは着ます  好きだから  それは許してください  すみません  もし気分を害した人や第1ボタンを留めないという行為に対して正当な主張がある人がいたら連絡をください  レイピア持って闘技場に集合しましょう  以上で宣言を終わります お疲れ様でした

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