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逆さクラゲ

長い文章

まつ

原稿用紙3枚にも満たない超短篇です。1年前ぐらいだったか、とある連作企画に寄せたやつで、主人公は「海辺のバス停」です。結局計画倒れでした。若干の改作を加えています。文体がいまにもまして痛い。
 
 
 
まつ
 
 終バスがいってしまって、ぼくはいつもひとりになる。 
 
 潮風がちょっとずつ冷気をおびて、オレンジ色の温度が水平線のふちに析出してゆく時間。砂ぼこりの濁りをふくんだ空気の澱が少しずつしずんで、上澄みのかすかな匂いが全身をひたとしめらせるこの時間がぼくは好きだ。
 
    ぼくの背後にあるその木。姿をみたことはない。ぼくがぼくであるということに気づいた時には、すでにそこに立っていたその木。
 
 あるときあるおばあさんが、ある男の子にはなしていたこと。立派な「まつ」の木だこと、昔から。立ち別れ、いなばの山の、峰に生うる、まつとし聞かば、いま帰り来む。といってですね。お別れして遠くのいなばのくにへ行く私ですが、そこに生えている「まつ」のように私の帰りを「まつ」ときいたならば、すぐに帰ってきます、って意味なんですがね、わかりますか、「まつ」をひっかけてるんですよ、言ってみれば駄洒落だねえ、おかしなことで、ね。私がまだ小さかった頃ですね、飼っていた犬が逃げてしまったときにね、私の母がね、この歌を短冊に書いてね、餌のお皿の下に置いておくとね、いなくなった生き物が帰って来るんだって教えて下さってね、弟と二人で一生懸命書いて。結局犬は、近所のお兄さんが、石で打ち殺してしまったようなんですがね、
 
 
 眠いな。ぼくは何をかんがえているんだろうか。
 
 
 みえない街の灯の向こうから、やせて背のたかいおじいさんがぼくのもとにやってくる。電灯のあかりはきれぎれで、そのわずかな光も潮の匂いにながされてしまって。顔はよくわからない。手にもった杖と同じぐらい細い脚を、それでもしっかりとした足取りでふみしめながら。ぼくの横にすわる。
 時刻表をみようともしないで、リュックサックをおろす。今日はもうバスがこないことを彼はしっているのだろうか。すこし猫背ぎみの身体をまたしめった匂いがなでていって、絹糸みたいにたっぷりとした白髪がそよぐ。頼りない空気のなかで、その白さだけが美しくかがやいている。はるか遠くのみえない漁船をながめながら。彼は何をまつだろうか。ぼくは想像する。いつまでもとまったままの漁船。もしかしたらどこかの家の灯かもしれない。それならちょうど夕食どきだ。海の上の、彼は、いま、もしかしたら、まつものの、その。
  
 ぼくは目をとじる。ぼくの眠気も潮風の冷たさにしずんで、明日まためざめたときに、彼はまつものをみつけられるのだとおもう。彼はあゆんでゆく、そのときの彼の脚は「まつ」の木に似ている。
 
 ぼくは静かに夜が明日につながれるのを待つ。