逆さクラゲ

長い文章

雑記 6/15

 少年のチンチン眺める以外にすることがないわけでもないんだが、最近は週一ぐらいの頻度で銭湯に通っている。


 先月末に大学の企画で金沢に行った(本当は何かの委員として派遣されたらしいのだが、自分の所属するセクトは仕事がなさすぎて単に国費で金沢旅行した感じだった。主な仕事が「金沢美工大の宣伝ツイートをリツイートする」って嘘だろ)、交通は予算の関係から夜行バスであり、5月といえどもかなり暑い金沢を1日中歩き回った末に汗のドブ煮込みみたいな体臭で乗るのはさすがに嫌だったので出発前に「兼六湯」という銭湯に寄ったのだ(兼六を名乗っていながら兼六園から15分ぐらい歩いた)。アルカリ性の黒いお湯がこの温泉の目玉らしく、しばらく浸かっていると爪の表面が溶けてギシギシしてくる露天のぬる湯に延々浸かっていた。このぬる湯がある銭湯は非常に良い。もしかしたらある程度の回転率が要求される都会の銭湯にはあまり設置されていないのかもしれないが、微熱ぐらいのぬる湯とあつ湯と、交互に浸かっていると無限に居られる。回転率が下がるのも当然である。それから水風呂っていうのはあれはなんなんでしょうか、中世の拷問では。クールダウンとして本質的にぬる湯とは違う。結構な人数のジジイが浸かっているように感じるのだけれど、老化ってそこまで感覚を鈍くしてしまうものなのか。年をとりたくない。この兼六湯は土曜の夜といえど客が少なくてとても良かった。脱衣所の棚に常連さんのシャンプーが所狭しと置いてある、それが許されるぐらいの利用者数なのである。ちなみに夜行バスは空調がうまく機能していなくて空気全体がドブだった、前の方にだいぶぽっちゃりなさっているのにピンクのセットアップのパジャマ着てボンレスハムの妖精みたいになっている女性がおり、ずっととんがりコーン食ってた。なんの意味もなかった。


 デブを眺めているとユーモラスで楽しい。

 日曜日、引越しを終えて向かった新居近くの銭湯、上がって涼んでいると、極度のデブが侍女にバナナの葉で扇がれる南国の王のごとく脱衣所じゅうの扇風機を占有してビチャビチャに濡れた手であだち充のH2を読んでいたのだが、彼がおもむろに立ち上がり、腹を揺らしながら浴場ドアの左に設置されているデジタル体重計に向かった。すぐに首を傾げながらデジタル体重計から降り、なんのつもりだと眺めていると、ドアの右に設置されているボロボロのアナログ体重計にものすごい音を立てながら乗ったのである。上告審。脱衣所の空気がさざめく。しばらくメーターを見つめていたのであるが、結局は再び首を傾げながら体重計から降り、またもや腹を揺らしながら(とにかく腹を揺らす、多少は乳も揺れている)不服そうに扇風機の王座に戻っていった。上告棄却。当然の帰結。だめじゃん。空気のさざめきは津波の前兆にまで達している。
 それから、デブは短小ばかりと言うけれどもあれは一概には断言できないと思う、シャワーで頭を流すデブの股間に垂れ下がる狸のような玉袋を見ればわかる。もっとも世の中のすべてのデブが西郷隆盛みたいに象皮病に罹患してる可能性も捨てきれないが。


 富士山のペンキ画、というのは、ないならないでいいが、ある程度以上のサイズの銭湯には是非ともあって欲しい、これに関して北千住の大黒湯は印象的であった(銭湯ファンの間では「キングオブ銭湯」というクソダサい異名で知られるらしい、歴史ある寺院と見紛うような荘重な外観、是非とも訪問されたし)。教会のキリスト画を無許可でバフンウニにビフォーアフターしてだいぶ有名になった例のおばさんが東海道五十三次を模写した作風、遠近感をまるっきり剥奪されてしまって中心部にデンと居座るチロルチョコのオスみたいな富士山、妙にテラテラと輝く松林の緑が、無機質に高い水色の切妻天井と好対照を成す。左下に2015年11月との署名。いや新しい。悠久の時間を感じさせる漠々たる湖の上に、よく見たらすごいかわいい寸胴の飛行機が飛んでいる。


 ケロリン桶はあんまり好印象にはつながらない、あれは単にノスタルジーを演出するための小道具というか、ケロリンなんか服用してる人みたことない。ちなみに遊べる本屋ことヴィレッジヴァンガードにはときどきケロリンコーナーが設置されている、ケロリン石鹸、ケロリン入浴剤、ケロロ軍曹ケロリン桶とかもあり、マジかよ、そういう所もケロリン桶の小道具的イメージを増長させるのである。1年間だけしか流通しなかったという白のケロリン桶(銭湯ファンの間では有名らしい、流通期間が短かったのは汚れが目立つからだとか、それはそう)使うだけのこだわりがあれば話は別だけど。


 シャワーはレバー式の温度調節できないやつ、ジェットバスの水勢は超強力、などその他にも事細かなこだわりがあるにはあるのだが、全部言うとうるさいしこうしてジジイになっていく。水風呂がなんともなくなる。


 女子が修学旅行の大浴場でまた大きくなったんじゃないのとか言いながら乳揉み合うやつ、の対概念として(人目をはばかって然るべき趣味を持ちながら人目をはばかることを知らないご婦人がたを中心に)しばしば言及される、また大きくなったんじゃないのとか言いながらチンコ揉み合うやつ、等に私はついぞ立ち会ったことがないが(当然である)、ときどき、例えば、痩せて程よく日焼けした筋肉質な少年(中学3年生ぐらいだろうか)の2人組が脱衣所で全裸のまま自分たちの身体をまじまじと比較し、筋肉の出来具合について語り合っている、というような場面に遭遇することはある。ちなみに2人とも半ムケであった。もしかしたらおれには本当にすることがないのかもしれない。